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2018/02/18

プリンスのファンク・バイブル

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『ザ・ブラック・アルバム』。Spotify にないのは、やっぱり公式には闇として葬り去りたいっこと?…っていうわけじゃあないよなあ、CD がワーナーからちゃんと公式リリースされたんだから。Spotify にないプリンスのアルバムはこれだけじゃないし、そのうちぜんぶ揃うことを期待したい。プリンス狂のみなさんや僕には関係ない話だが、そうじゃない一般の音楽リスナーのかたがたにちょっと試聴していただければ、こっちの世界に入ってくるきっかけになるかもしれないんだしね。

さて、1984年『パープル・レイン』の大成功をバネにした数年間、というか、新バンド、ニュー・パワー・ジェネレイションにいたる1990年代初頭あたりまでのプリンスは、まさに息をするかのごとく日常的にハイ・レヴェルな音楽をポンポン産み出し続けたこの天才音楽家にとっても特別に多産な時期だった。リアルタイムでの未発表もので、のちに公式リリースされたものも含めれば、かなりの数になるし、まだまだあるんだろう。

1984〜90年ごろまでのプリンスはまさに豊穣の一言。たんにたくさんあるというだけでなく、いろんな種類の音楽を闊達自在に生産し、しかもクオリティだって高いという、本当になんでもできたような時期。この約六年間には、いまだ未発売のものがたくさんあるみたいだ。カミーユ・セッションだってぜんぶはリリースされていないんでしょ?僕が死ぬまでにそれらをぜんぶ聴けるんだろうか?もう若くないから、ちょっと心配になってきている。

『ザ・ブラック・アルバム』にしても、『サイン・オ・ザ・タイムズ』に続くものとして1987年12月7日という具体的な発売日まで決まっていて、しかもそれはたんなる目安ではなく、作品として完成し、マスター・テープが各国に届いていて、プロモーション用のサンプル盤まで作成済みだった。それを直前になってプリンス本人がキャンセルしてしまったらしいね。

その後、ワーナーとの契約履行のために1994年に発売された『ザ・ブラック・アルバム』だが、上記のような事情ゆえ、かなりの数のブートレグ盤が流通していたみたい。僕のばあい、経済的にムリなのでブートはマイルズ・デイヴィスもの(だけで何百枚とある)以外は、基本、買わないことにしている。だから話だけ読んではいたが、ブート盤の『ザ・ブラック・アルバム』は買わなかった。

ワーナーから公式発売されたので聴いた『ザ・ブラック・アルバム』。どうしてこれほどのレヴェルの高い作品を、特にビジネス・トラブルがあったとかではないらしいのに、本人の純音楽的な意向で発売中止にしたのか、はなはだ理解に苦しむ。やっぱり天才の考えることはサッパリわからん。いずれにしても日の目を見て本当によかったと思える。

今日の記事題にもしてあるが、『ザ・ブラック・アルバム』はごりごりハード・ボイルドな豪直球ファンクまっしぐらで、これ、好きな人はメチャメチャ好きだと思う。僕もそう。アルバム中、四曲目の「ウェン・2・R ・イン・ラヴ」だけが甘美なバラードで、これは『ラヴセクシー』に流用された。このワン・トラックを除く七つが、とんでもないごりごりファンクなんだよね。

プリンスのファンク・ミュージックは、じっくり観察しなおすとわりと最初のころからその萌芽があるけれど、ストレートに出てくるようになるのは、やっぱり1986年の『パレード』あたりからじゃないかなあ。続く87年の『サイン・オ・ザ・タイムズ』にも多く、だからそれに続き『ザ・ブラック・アルバム』を録音となったのだろうか?ここまでゴリゴリになるのにはなにかほかの理由があったのか?僕にはわからないというか、どうでもいい。結果、発売された CD を聴いて多幸感にひたるだけだ。

僕の趣味嗜好だと、『ザ・ブラック・アルバム』でも特に七曲目「2・ニグズ・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン」と、ラスト八曲目「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」が最高だ。どうしてかって、どっちもジャズ・ファンクっぽいからだ。特に後者で聴こえるホーンの使いかたはハード・バップ的。さらに前者はインストルメンタル・ジャムだ。

ところで rock and a hard place という慣用表現があって、英国のローリング・ストーンズがこの表現をそのまま曲名にしていることでも有名かもしれない(1989年『スティール・ウィールズ』)。進退極まる、絶体絶命っていう意味なんだけど、プリンスの「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」で、この慣用句を思い浮かべるのは僕だけ?関係ないのかもしれない。

じゃあその「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」のほうから話をしよう。カミーユ声だから、たぶんそのセッションで生まれたワン・トラックなんだろう。グッと腰を落としたミドル・テンポのファンクで、腰が動く。ハード・バッピシュなホーン群は冒頭からどんどん入る。トランペッターはミュート器を使っているよね。

プリンス、というかカミーユは歌うというよりしゃべるような感じで、ギターがどうたらと言ってすぐにブルージーなロック・ギター・ソロになる。シンプルな弾きかたで特に難しいことはやっていないのかもだけど、この「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」中間部でギター・ソロが出てくる瞬間が、僕にとってはサイコーの快感だ。背筋がゾクゾクする。その後も最後のほうまでソロは弾きっぱなし。いいなあ、これ。

七曲目の「2・ニグズ・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン」は、0:35 でこの曲題を複数の男声が叫ぶところまでは人声のざわめきみたいなものが入って漂っているが、それ以後はひたすら一直線にハードなジャズ・ファンク路線を突っ走る。ジャズふうにスウィンギーなフィーリングもあるけれど、もっとこう、ゴリゴリだよなあ。いわゆるふつうのジャズ・メンのやるファンクにここまでの硬質さはない。どファンカーじゃないとできないような演奏だ。いいなあ、これも。

これら、しかもプリンスの一人多重録音かもしれないから(管楽器はほかのメンバーが演奏しているはず)ビックリ仰天するしかない。まったくのバンド的なグルーヴしか聴こえないんだもんね。『ザ・ブラック・アルバム』でも三曲目「デッド・オン・イット」から六曲目「スーパーファンキーキャリフラジャイセクシー」まではプリンスひとりでの多重録音に違いないらしい。どうなってんのこの人は?…、っていまさらですが。

『サイン・オ・ザ・タイムズ』ツアーをこなしたのと同じバンド編成で録音したらしい一曲目「ル・グラインド」、二曲目「シンディ・C」は実質的に同じ曲のヴァリエイションみたいなもんで、暴力的にひた走るリズムの強靭さ、コード感は無視(実際、ワン・コード)、反復されるホーン・リフとコーラス隊、そして全体的にコール&リスポンスで構成されているところなどなど、ファンクの王道ど真ん中を疾走している。カッチョエエ〜。ションベンちびりそう。

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