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2018/03/16

スパニッシュ・マイルズ(3)〜 「ジャン・ピエール」

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マイルズ・デイヴィスの自作曲「ジャン・ピエール」。これが、いつごろ、どうやってできあがったものなのか、いまだにだれも知らない。この曲のオリジンについてはまったくわかっていないんだ。マイルズに限らずこういうことって、実はあまりないことなんじゃないかなあ。

しかも「ジャン・ピエール」は1981年のカム・バック・バンドのライヴで演奏されて以後、1991年にマイルズが亡くなるまでずっと絶えず演奏された定番レパートリーだ。こないだも書いたが、他作曲なら「タイム・アフター・タイム」「ヒューマン・ネイチャー」という二つのバラードがあったのだが、自作ジャズ・オリジナルでの晩年のマイルズのシグネチャー・ソングといえるのは、「ジャン・ピエール」なんだよね。

それなのにここまでなにもわかっていないとはなあ。「ジャン・ピエール」の初演は、記録に残っている限りでは1981年の復帰初ステージとなった1981年6月26〜29日、ボストンにあるクラブ、キックスにおいて。メンツはみなさんご存知のカム・バック・バンドで、そのまま来日公演もやったので説明不要だ。このボストンでのクラブ・ギグは先行カム・バックという位置付けで、大舞台へ向けての予行演習みたいなものだった。

本格的には1981年7月5日、ニュー・ヨークのリンカーン・センターにあるエイヴリー・フィシャー・ホールで行ったコンサートが大舞台でのマイルズ本格復帰だった。ここでまたいつものように愚痴を書くけれども、コロンビアはボストンはキックスでの四日間フル・ステージ、エイヴリー・フィシャー・ホールでのフル・コンサートと、これらすべて公式録音しているのに、どうしていまだに未発売のままなのか?

録音済みなのは各種マニアックな情報をチェックしないかたがただっておわかりのはず。1982年リリースの LP 二枚組ライヴ・アルバム『ウィ・ウォント・マイルズ』に、ボストンの6月27日分から二曲、エイヴリー・フィッシャー・ホール分から一曲、収録されているんだ。収録分しか録音していないなんてありえない。1981年マイルズ復帰の貴重なドキュメンタリーなんだから、早くボックスにして全貌を公式リリースしてほしい。

これらにくわえ、同1981年の来日公演時に東京は新宿のいまはなき西口広場でやった10月4日のライヴからも『ウィ・ウォント・マイルズ』には収録されている。その新宿公演分が「ジャン・ピエール」で、『ウィ・ウォント・マイルズ』に収録されて発売されたのが、このスパニッシュ・ナンバーの初音源化だった。

しかしスパニッシュ・ナンバーといっても、『ウィ・ウォント・マイルズ』収録の1981年ライヴ・ヴァージョンでは、それがわかりにくいんじゃないかなあ。と、僕は素人だからそう思うんだけどね。ここ二、三週書いているように、マイルズはスパニッシュ・スケールを使ってあっても、露骨にスペイン風味を打ち出さないばあいもある。

しかし「ジャン・ピエール」にはテーマ・メロディというか、はっきりしたリフ or モチーフみたいなものがある。これはマイルズが書いたというか事前に用意したものだ。ブルーズ・スケールとスパニッシュ・スケールを用いた演奏をやる際にはそういうコンポジションをあらかじめ用意しないで取り組んできたことの多いマイルズなのに、これはやや意外だ。

(テーマ・)メロディだと解釈できるようなものが演奏に先立って用意されている、それがマイルズの自作である、しかもスパニッシュ・スケールを使ってある、1981年以後91年に亡くなるまでのシグネチャー・ソングになった 〜 これら四点において「ジャン・ピエール」は重視するべきものだ。

ここ数週書いているように、スパニッシュ・スケールを使った作曲、演奏の最大の魅力とは、それによって生み出される旋律美、エキゾティックで魅惑的なメロディの動きだと僕は思う。1969〜75年まではリズムとサウンドの双テクスチャーを徹底的に突き詰める方向へマイルズ・ミュージックは向かっていたので、メロディ重視路線は、まあ自己の過去への回帰ではあるけれど、1980〜90年代のマイルズを端的に特徴づけるものだ。「タイム・アフター・タイム」「ヒューマン・ネイチャー」などもここへ位置付けられる。

だから1981年夏前のカム・バック・バンドでのライヴ当初から、先行するスタジオ録音オリジナルがない(と、いまの時点では判断するしかない)にもかかわらず、スパニッシュ・ナンバーの「ジャン・ピエール」を用意して演奏し、亡くなるまでずっと(12小節定型のスロー・ブルーズとともに)ライヴでは欠かさずやり続けたのには、意味があったと思うんだよね。

要するに12小節定型のスロー・ブルーズにしても、「タイム・アフター・タイム」「ヒューマン・ネイチャー」の二つのポップ・バラードにしてもそうなんだけど、1981年復帰後のマイルズは、美しくチャーミングなメロディ重視の演奏にはっきりと傾いた。この人のキャリア全体を見渡すと、1961年ごろまでの姿勢に回帰した。63年ごろからその後は75年まで、旋律の組み立ては抽象化の一途をたどったから。

「ジャン・ピエール」のテーマ・モチーフは、しかしかなり純朴なというか童謡ふうだよね。これは1981〜91年のどのライヴ・ヴァージョンを聴いてもそうだ。鼻歌で軽く口ずさめるようなチープな調子のもので、あのカム・バック・バンドのころ、あんなにハードでファンキーだったマイルズがこれを…、と思うと意外だった。
これは『ウィ・ウォント・マイルズ』収録の新宿公演ヴァージョン。同アルバム収録の短いほうはたぶんラジオ放送用にということだと思うんだけど編集されているが元演奏は同じものだ。マイルズ自身のソロは、童謡ふうなモチーフをそのままヴァリエイションで繰り返し演奏しているだけみたいな簡単なもので、弱々しい音色といい、さほどの聴きごたえはないよね。

ところが二番手で出てくるマイク・スターンのギター・ソロがかなりいいと僕は思う。評者によってはアルバム『ウィ・ウォント・マイルズ』のなかで聴ける最もいいソロだとするくらいで、それはちょっと褒めすぎだと思うけれど、でもかなりいい。ボスがダメだったあの1981年の来日公演だけど、かえってそのせいもあってか、バンドはかなり健闘していたよね。

あとはやっぱりマーカス・ミラーのエレベ・リフだよなあ。冒頭からまずいきなり聴こえはじめるそれが、この曲「ジャン・ピエール」の根幹を形成している。このベース・リフは本当に素晴らしい。このエレベのパターン、同じ音程をブン、ブンとリピートするのが、マイルズの指示なのかマーカスの着想なのかはわからない。

わからないがしかし、この同一音程をブン、ブンとエレベで(ときに低音シンセサイザーで)反復するのは、その後マイルズ・バンドの全員がそっくりそのまま継承していて、ただの一つも例外がない。そして素朴で童謡ふうなモチーフはそのままに、しかし1983年ごろからはスパニッシュ・スケールをフル活用するようになっていく。

いちばんはっきりと「ジャン・ピエール」がスパニッシュ・ナンバーだとわかるのは、1983年の来日公演分(はブートレグしかない)と、84年と85年のモントルー公演分(は公式音源)あたりかな。

1984年モントルー(昼)https://www.youtube.com/watch?v=sPrgAwng9lA
1984年モントルー(夜)https://www.youtube.com/watch?v=GQHMT36rCqU
1985年モントルー(昼)https://www.youtube.com/watch?v=p5dO3nIkw8E
1985年モントルー(夜)https://www.youtube.com/watch?v=cPh9hy575fo

マイルズも完璧なスパニッシュ・タッチのソロを吹くが、続くギター・ソロも素晴らしい。1983年のはマイク・スターン、84、85年はジョン・スコフィールド。マイクなんか81年公演ではあんな感じでスペインふうなところなんてなかったのに、83年は先行するボスのソロ内容に触発されて同じくスパニッシュ・タッチで弾いている。

1984、85年だとボスのトランペット・ソロもさることながら、二番手で出るジョン・スコフィールドのギター・ソロが本当にいい。情熱的というか激情的というかパッションがほとばしっているよねえ(ぜんぶ同じ意味だが)。まさにスパニッシュ・フラメンコみたいなギター・ソロだなあ。

あんな童謡ふうなテーマ・モチーフの曲なのにこんな内容のソロを展開できるのは、ひとえにスパニッシュ・スケールを使ってあるからで、そのスケールにもとづいてソロを演奏しているからなんだけどね。「ジャン・ピエール」、その後はテンポが少し速めになったり、リズムの感じが変化したり、アレンジがくわわったり、スパニッシュ・タッチが薄くなったりしていることもある。

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