『舞妓はレディ』からヒット・ソングは生まれるか?
ブロードウェイ・ミュージカルで、映画にもなった『マイ・フェア・レイディ』(原作はジョージ・バーナード・ショーの『ピグメイリオン』) からはたくさんのヒット曲が誕生しました。スタンダード・チューン化しているものがいくつもあって、だからジャズ音楽家もよくとりあげますよね。アンドレ・プレヴィンがピアノを弾くシェリー・マンのアルバムとか、有名なんじゃないでしょうか。
福岡は博多座でのミュージカル『舞妓はレディ』。3月20日の千秋楽公演を観に行ってきました。「まいこはれでぃ」というこのタイトルだけでも察せられるとおり、この、もとは周防正行監督映画だったのを舞台化した作品は、『マイ・フェア・レイディ』のパロディなんです。和製オリジナル・ミュージカルという謳い文句は、まあ看板です。
この事実は、いままでのところ、一名のかたしか指摘なさっていません。大都会ロンドンを舞台にした『マイ・フェア・レイディ』(Mayfair lady のコックニーなまり)がどんな内容なのか、みなさんご存知でしょう。『舞妓はレディ』も日本の大都会である京都の、それも花街を舞台にして、田舎(鹿児島)から出てきた若い女性(鹿児島言葉と津軽言葉をしゃべる)に、京言葉やしぐさや芸事など諸々の文化を教え込んで、大舞台で立派に通用する一人前の舞妓に教育し、デビューさせるというお話です。
だから『マイ・フェア・レイディ』でそうだったように、『舞妓はレディ』にも言語学者、京野(平方元基)が登場し、弟子の秋平(土屋シオン、Act I では常に MacBook を抱えている(^_^;)とともに、鹿児島から京都にやってきた春子(唯月ふうか)に京言葉を教え込み、またお茶屋の千春(榊原郁恵)、里春(湖月わたる)、百春(蘭乃はな)ら周囲が協力して、小春を舞妓に仕立て上げるべく修行させます。
またこの春子の生い立ちは京の花街と関係があって、どうして鹿児島からやってきたのか、それなのにどうして津軽言葉もしゃべるのかは、舞台の最終盤ではっきりと明かされます。どうして京の街で舞妓になりたいという夢を抱いて、文字どおり「上京」したのかも、このことと関係があるんです。
お芝居の最終盤で、見事、舞妓デビューした春子の姿が、ミュージカル『舞妓はレディ』のクライマックスですが、お芝居のことはなにも知らない僕ですから、これについては言えません。僕は音楽こそが好きなので、またミュージカルですから音楽というか歌が、ある意味、主役なわけです。だから『舞妓はレディ』で聴けた歌について、以下、すこしだけ記しておきます。なにぶん一回しか(観)聴きしていません。音楽を聴くことこそが僕のやるべきことだと思い定めて、博多座の客席で一生懸命に聴き、焼き付けたつもりですが、忘れていたり間違っている部分がかなりあります。許してください。
ミュージカルだから実にたくさん聴けた『舞妓はレディ』のなかの歌。曲「舞妓はレディ」が全体の共通テーマ・ソングになっています。通奏低音といいますか。なかで、たしか ACT II のほうでだったと思うんですが、短調にリアレンジされて、なにかの歌のなかに挿入されていました。なんだっけなあ?お芝居全体で本当になんどもなんども出てきます。
曲「舞妓はレディ」じたいはメジャー・キーのふつうの華やかなポップ・ソングなんですが(宝塚ふう)、それ以外の曲のなかにはいろんなおもしろいケースが多かったです。僕にとっていちばん印象深かったのは、ラテン・アレンジ、特にリズムがそうなっていたり(部分的にタンゴ調)、またスパニッシュ・スケールを使ってあったり、4/4拍子のメインストリーム・ジャズだったり、フィル・スペクター・スタイルのポップ・チューンだったりしたところです。
フィル・スペクターふうポップ・ソングの話からしましょう。アルバイト舞妓の福葉(多田愛佳)と福名(片山陽加)が、この二人は Act I から II までぜんぶ必ず二人いっしょに登場し、だいたいのばあい動きもシンクロしながらデュオでユニゾンしたりハモったりするんですが、Act II で、舞妓のアルバイトをやめて東京でアイドルになると告げるシーンがあります。
その場面でこの福葉と福名がデュオで歌うのが「アイドルになりたい」。これがフィル・スペクター流儀のアイドル・ポップ・ソングなんです。カーテン・コールで片山さんも多田さんも(しゃべり順)言っていましたが、パン・パパン、パン・パパンという、 あのパターン。歌にあわせて手を叩く音が観客席から大きく聴こえました。カーテン・コールでのお二人によれば「オタク拍手、秋葉原系手拍子をありがとうございます」ということなんですが、僕に言わせたら、あのパターン、ずっとまえの日本のアイドル・ソングから聴けるパン・パパンで、そのルーツはフィル・スペクターが創ったロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」です。
もうそんなパターンは、日本の歌謡曲、(男女問わず)以前からアイドル・ソングのなかにもかなり多いので、どれがそうだなんて指摘することは不可能です。原田知世、松田聖子にも多いし、う〜んと、でも山口百恵の歌のなかにはなかったんでしたっけ?いま手許の Mac の iTunes にぜんぶありますが、確認する必要なんて、ないです。でも「アイドルになりたい」は、主に1980年代ふうだったかもしれません。
多田愛佳や片山陽加が活躍した AKB 系のガール・ポップ・アイドルの世界を僕はなにも知りませんが、とにかくカーテン・コールでのお二人のお話からも、あぁ、あのフィル・スペクター・パターンは多いんだなと推測できました。そんな二人が『舞妓はレディ』にアルバイト舞妓役で出演し、それをやめてアイドルになるんだと決意して、アイドル・ソングを歌い、お芝居のなかでしばらく経ってから、赤(多田)、緑(片山)のドレスに着替えて再登場、舞妓あがりのテレビ・アイドルとしてインタヴューを受けるシーンもあったりするのは、かなりおもしろいですね。
多田愛佳や片山陽加の二人は『舞妓はレディ』にあるコメディ要素をかなり担っていました。まあお芝居全体がコメディなんですが。さて、それ以外の歌は、もはや記憶がどんどん薄れゆく一方で、だれが歌ったなどをもう忘れているんですが、たしか Act I で歌われた「京都盆地に雨が降る」。これはスパニッシュ・スケールを(一部)使ったボレーロ(だったと思う)です。
関係あるのかないのか、この「京都盆地に雨が降る」は、『マイ・フェア・レイディ』の劇中歌「スペインの雨(は主に平地に降る)」(The Rain in Spain [stays mainly in the plain}、舌噛むがな ^_^;)のパロディなんですね。それだから「京都盆地に雨が降る」でもスパニッシュ・スケールを使ったのかどうか、僕にはわかりません。作、編曲は周防義和、佐藤泰将です。「京都盆地に雨が降る」もスパニッシュ・ボレーロみたいだったような…。つまり、キューバン・アバネーラ(混交表現)。「ラ・パローマ」おそるべし。
この「京都盆地に雨が降る」が歌われる前のシーンに、タンゴ調をメインとするラテン歌謡があったと思うんですが、忘れました。前じゃなくて後でだっけなあ?最初、タンゴではじまって、すこし経ってからアフロ・キューバン・リズムみたいになって、その後ふたたびタンゴのザクザクと刻むリズムになったと思うんですが、どの曲だったのかもうわかりません(DVD か CD か、出してほしい)。
イタリアかぶれのキザなやつ、高井(谷口浩久)と縁を切りたい里春が高級イタリアンの席を用意して、そこで小春が覚えたての京言葉をしゃべり、結果的に高井と里春に恥をかかせることになってしまう場面で、高井が歌う「ティ・アーモの鐘」は、もちろんラテン系の歌なんですよ。
お芝居の Act I ラストでは、なかなか上達しない小春が京言葉イップスにかかってしまい(イップスはゴルフ用語、恐怖などでそれができなくなること)、言葉を発することすらできなくなってしまうところで終わります。休憩をはさんでの Act II はその場面で再開するのですが、そこで「悪い夢」という歌を小春が歌います。これは…、え〜っと、なんだっけ?もう忘れちゃいましたが、かなりラテン調だったような気がするんです。
あぁ〜、もうホントいろいろ忘れた!その「悪い夢」のあとで、上記の「アイドルになりたい」が登場しますが、そのあと、女将の千春が初恋の思い出を語るシーンがあって、そこで「Moonlight」という歌がありました。これはストレート・ジャズです。というか、そもそもそんなジャズ・ソングの源流の一つたるブロードウェイ・ミュージカルを観劇しているような気分そのままでした。
う〜〜んと、タンゴとかラテン調だとかメインストリーム・ジャズだとか、ほかにもあったように思うんですが、たくさん次々と歌われては消えていくので、それを一回しか(観)聴いていない僕が克明に記すことなんて、不可能です。『舞妓はレディ』最終盤では、それまでに登場した多くの曲が、メドレー形式のリプリーズで再登場し、つながるように再アレンジされたのがどんどん歌われて大団円となりました。
お芝居で使われたものではない<純>音楽アルバムでも、終盤で「リプリーズ」と副題がついて再登場するのは珍しいことではありません。かのビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』もそうですよね。つまり、音楽とお芝居(映画なども)とは切り離せないものなんです。
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