ジミヘン『エレクトリック・レイディランド』をつまみ食い
ジミ・ヘンドリクスの最高傑作とされる1968年10月発売の『エレクトリック・レイディランド』。僕もこの評価に全面同意しているのだが、スタジオ・ジャムや、当時のロックとしては実験的、前衛的だったりするものもあったりして、実は内心イマイチだと感じているリスナーも多いんじゃないかなあ。
僕のばあい一番親しみやすいのはジャズとブルーズなので、ジミヘンの『エレクトリック・レイディランド』でも、今日はそれらとその周辺だけちょこっとつまみ食いしておきたい。人間どうせ全員つまみ食いしかできないんだからさ。つまみ食いで終わるだけなのはいけないなどとおっしゃるかたがたも、制限かけないとキリないんだとか、別の場所ではおっしゃっていたりもする。つまり、あなたがたも、僕も、みなさんも、<つまみ食い>しかしていないでしょうが〜。<全貌>を聴いている一個人なんているんですかねぇっ?
ジミヘンの『エレクトリック・レイディランド』で、僕にとっていちばんわかりやすいのは四曲目の「ヴードゥー・チャイル」だ。完璧なるブルーズ楽曲。おどろおどろしくトグロを巻くようなスロー・ブルーズでエグ味満点。こりゃ最高だ。冒頭のギター弾きだしはジョン・リー・フッカーそのまんまだが、ギターでワン・コード・リフを弾きながら歌いはじめてからはマディ・ウォーターズの「ローリン・ストーン」(1950)そっくりになる。
しかしジョン・リー・フッカーやマディと違っているのは、ジミヘン同様におどろおどろしく弾くハモンド・オルガンが入っていて大活躍していることだ。弾いているのはスティーヴ・ウィンウッド。ここでは歌ってはいないが、このハモンドの弾きかた!カッチョエエ〜〜。ジミもいいがこのオルガン・サウンドも最高だ。 天才だとしか思えないね。
「ヴードゥー・チャイル」はこのアルバムで最も長い15分もあって、そのあいだほぼワン・コードでチェンジなし。いちおう歌の部分のおしりの四小節でだけブルーズ定型12小節のラスト4小節の進行になっているが、この曲のなかでは例外的なことで、ヴォーカル部分もインストルメンタル部分もずっと同じコードでワン・グルーヴという、ここだけとりだせば米ノース・ミシシッピのヒル・カントリー・ブルーズみたいでもある。
そういえばジミヘンは、これより前、ライヴで「キャットフィッシュ・ブルーズ」も録音しているんだった。ロバート・ペットウェイのヴァージョンなんかでもお馴染みのミシシッピ・ブルーズの伝承定番曲で、これもワン・コード、ワン・グルーヴ。そして「キャットフィッシュ・ブルーズ」を改作(というかそのまんまだが)したのがマディの「ローリン・ストーン」なんだもんね。
ってことはジミヘンも1960年代末における新時代の新世代ロック・ミュージシャンのような感じではあったけれど、根底にはかなり古くからのブルーズの伝統が流れていて、それは意図せず産まれながらに音楽的 DNA を受け継いでいるかのようになんてもんじゃなく、自覚的にブルーズ伝統を学習していたってことだよなあ。
ジミヘンの「ヴードゥー・チャイル」は15分もあるし、たった一つのパターンで変化なく延々とやっているルーズなブルーズ・ジャムみたいなもんで、緊張感もないかのように聴こえる可能性がある。だからシャキッと締まったタイトでソリッドな演奏がお好きなら、ロック・ファンにだってウケないかもしれないよね。
でもジミヘンのギター&ヴォーカルとスティーヴ・ウィンウッドのハモンド・オルガンと、およそこの三者が「ヴードゥー・チャイル」での主役だが、そのからみあいかたには抜き差しならない張り詰めた糸がピンと張られているように僕には聴こえるよ。ルーズに聴こえるならそれでもいい。僕はこういった、ひゅ〜どろどろ〜っっていうような感じのスローなブルーズ・ジャムが大好きなんだ。
しかも「ヴードゥー・チャイル」は演奏時間の長さといい、あたかもただジャムっているだけみたいなやりとりといい、演奏者も聴き手も気持ちがどっかへ飛んで行ってしまうようなスピリチュアルな雰囲気といい、サイケデリック・ロックみたいでもあるよね。録音がたぶん1967(or 68)年だったんだろうから、さもありなん。
1960年代後半〜70年代前半のロック(もジャズも)演奏時間が、主にライヴの場で長尺化し、しばしば精神旅行をもたらすようなサイケデリックなフィーリングで音楽をやっていたのと、スタジオ・ジャムではあるけれどジミヘンの「ヴードゥー・チャイル」は相通じている。つまり、長尺サイケ・ロックはブルーズの再解釈だったのかもしれない(…、と前から書いているような…)。
アルバム『エレクトリック・レイディランド』では、ラストの曲題もほぼ同じの「ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)」で、こっちはハード・エッジなロック・ナンバーだけど、曲の構造やギターの弾きかたにはブルーズから来ているものがかなりある。というかこれも定型ブルーズの亜種だよなあ。そのほか共通点は多いので、アルバム四曲目の「ヴードゥー・チャイル」のヴァリエイションンに違いない。
いやあ、それにしてもワウをフル活用した15曲目「ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)」のギターってカッコイイよなあ。こんなにエレキ・ギターがカッコいい曲って、全人類音楽史上でほかにあるのだろうか?きっと、ないよね。これがナンバー・ワンだ。まるで激しい嵐に襲われて、そのまん真ん中に立っているような気分に、聴いているとなって、爽快だ。
同じ曲のヴァリエイションといえば、このアルバムにはもう一種類あって、10曲目の「レイニー・デイ、ドリーム・アウェイ」と13曲目の「スティル・レイニング、スティル・ドリーミング」。前者はサックスも入るややジャジーなシャッフルで、だから僕はかなり好き。ギター・サウンドだけはハードだけど。終盤ではまるでトーク・ボックスを使っているようなワウのかませかたで、それもおもしろい。
後者「スティル・レイニング、スティル・ドリーミング」では冒頭からトーク・ボックスみたいなワウの使いかたでギターをハードに弾いているジミヘン。10曲目と同じ曲なので、それじたいはやはりちょっとジャジーな雰囲気もあるシャッフル。13曲目のほうがロック・ファンには聴きやすいはず。ギターもより一層活躍している。
オリジナルの作演唱者であるボブ・ディランも「この曲の権利の半分くらいはジミのものだ」と激賞したカヴァー15曲目「オール・アロング・ザ・ウォッチタワー」や、3「クロスタウン・トラフィック」や、5「リトル・ミス・ストレインジ」、8「ジプシー・アイズ」などなどのロック・ナンバーのことは、僕なんかが書きくわえることなんてないんだろう。
だからあともう二つだけ記しておく。7曲目「カム・オン(レット・ザ・グッド・タイムズ・ロール)」は、ニュー・オーリンズのリズム&ブルーズ・マン、アール・キングの曲だ。これも「オール・アロング・ザ・ウォッチタワー」同様、ジミヘン・オリジナルみたいに変貌していてカッコイイね。12小節定型ブルーズなんだけど、ジミヘンがやると、まあなんの曲でもそうだけど、エッジの立ったシャープなハード・ロックになっていて、素晴らしい。ヴォーカル部分にはヒンヤリした醒めたフィーリング(=ジャイヴ風味)もあるのが、英米白人ハード・ロッカーとの違いだ。
もう一つ。9曲目の「バーニング・オヴ・ザ・ミッドナイト・ランプ」。これのイントロ。ジャズ音楽家ギル・エヴァンズがジミヘン曲集アルバムをやった際にジミのバラード「エンジェル」をとりあげて、ギルはその後のライヴでも必ずデイヴィッド・サンボーンのアルト・サックスをフィーチャーしてこの曲をなんども演奏していたが、そんなギル・ヴァージョンの「エンジェル」のイントロは、このジミヘンの「バーニング・オヴ・ザ・ミッドナイト・ランプ」から持ってきているっていうことだよね?ジミヘンのオリジナル・ヴァージョンの「エンジェル」にあんなイントロはないもんね。
ギル・エヴァンズ・アレンジの「エンジェル」はこれ。
« 色が変わるようにコードは変わる | トップページ | 『舞妓はレディ』からヒット・ソングは生まれるか? »
「ロック」カテゴリの記事
- ブリティッシュ・インヴェイジョン再燃 〜 ビートルズ、ストーンズ(2023.11.23)
- いまどきラーガ・ロックな弾きまくり 〜 グレイン・ダフィ(2023.10.12)
- シティ・ポップとしてのキャロル・キング「イッツ・トゥー・レイト」(2023.09.05)
- ロックでサンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」以上の悦楽なし(2023.07.18)
- 王道のアメリカン・ルーツ・ロックは永遠に不滅です 〜 トレイシー・ネルスン(2023.06.25)
コメント