« マイルズと公民権運動 〜『’フォー’&モア』の真実 | トップページ | こ〜りゃカッコいいミックのソロ・アルバム No.1 »

2018/03/31

アフロ・バイーアの祝祭 〜カエターノ『プレンダ・ミーニャ』

カエターノ・ヴェローゾのライヴ・アルバム『プレンダ・ミーニャ』(1998)。こういうのを聴くと、サンバだ、ボサ・ノーヴァだ、MPB だとか区別するのが、本当にアホらしくなってくる。要するに、鍵はバイーアにありってことじゃないかなあ。

『プレンダ・ミーニャ』については、すこしまえ、マイルズ・デイヴィス&ギル・エヴァンズ関連ですこし触れた。カエターノのこれが、北米合衆国のこの二名コラボの『クワイエット・ナイツ』を強く意識したトリビュート作という側面を持っているのは間違いないと思う。
このことにかんしては、だから今日はこれ以上あまり言わないことにする。瀟洒なアンサンブルの上で軽くヒラリとカエターノが舞うクールネスがいいね。そしてアルバム『プレンダ・ミーニャ』は、あたかもそれとは正反対そうに思える熱情や祝祭感をも表現していて、どっちかというと、後者のほうがこのライヴ・アルバムでのカエターノ最大の目論見だったんじゃないかと思うんだよね。

それは CD 附属ブックレットに掲載されているステージ写真を一瞥するだけでもわかる。この「リーヴロ・ライヴ」と題されたツアー・メンバーではパーカッショニストが最も多い。同時に四名が演奏。さらに曲によっては息子のモレーノも参加して五名になったりする。

Fullsizeoutput_1365






対してジャキス・モレレンバウムの得意領域である管弦隊はというと、ホーンが三名だけ。あとはリズム・セクション、そしてギター&ヴォーカルのカエターノだけなんだよね。だから「リーヴロ・ライヴ」では打楽器群の華やかな躍動にこそフォーカスしていたというのは間違いないはず。

アルバム『プレンダ・ミーニャ』は、しかしスタジオ作『リーヴロ』に続く「リーヴロ・ライヴ」と題されていたものからとったにもかかわらず、それを収録したライヴ・アルバムに『リーヴロ』からやった曲はいっさい収録しないと明言されていた。僕の持つ CD で二曲それがあるのは、インターナショナル向けのものだからだ。いちばん上の Spotify にあるアルバムではそれらがないので、ブラジル盤をもとにしているってことなんだろうか。

念のため。Spotify にあるのは全18曲だけど、僕の持つ CD『プレンダ・ミーニャ』は全20曲。20のうち14曲目「オンジ・オ・リオ・エ・マイス・バイアーノ」と17曲目「ノン・エンシ」がブラジル盤にはない。つまりその二つが『リーヴロ』からの曲だ。しかし僕が今日書きたい内容からしたら、それら二曲が必要なんだよね。後述する。ブラジル人ならみんな知ってるあたりまえのことだから国内向けでは省いてもオーケーってことだったのかなあ。

以下はインターナショナル盤 CD『プレンダ・ミーニャ』に沿っての話。これは大まかに三つのパートに分かれている。1〜5曲目は序章みたいなもんかなあ。でも4曲目の「テラ」はアルバム中最も長い八分以上あるし、ドラマティックな展開を見せて、タブラが聴こえたりもし、ある意味クライマックスでもあるけれど、しかしそのもっと後ろを聴くと、あくまで序章のなかでのピークに過ぎないとわかる。

6〜11曲目はカエターノひとりでのギター弾き語りセクション。正確に言うと6トラック目は自著の朗読なんだけど(ブックレットに写真がある)、7〜11曲目はその自著朗読の内容に沿って選曲され進んでいるような展開にも聴こえる。でもこの6〜11曲目の弾き語りパートは、カエターノのライヴではおなじみのものだから、いまさらどうってことないような気がしないでもない。

やっぱり素晴らしいのは13〜20曲目の怒涛のアフロ・バイーア祝祭路線だ。バンドが戻ってきてのその前の12曲目「エッシ・カーラ」では、ふたたびジャキスがアレンジのギル・エヴァンズっぽいアンサンブルが聴こえ、カエターノがマイルズみたいに歌い、間奏でジャキスのチェロ・ソロがあったりする。この「エッシ・カーラ」はマリア・ベターニアのための曲で、女性が歌うべく書かれたもの。カエターノはそのまま<女歌>として歌っているのが似合っている。

がしかし13曲目の「ミエル(メル)」からリズムが躍動しはじめ、大勢のパーカッション隊が活躍するんだよね。この曲の間奏でトランペット・ソロがあって歌に戻りしばらくすると、カエターノはスペイン語にチェンジして歌うんだけど、そこはニュー・ヨーク・サルサの雄ウィリー・コローン・ヴァージョンの歌詞を使っている(と僕が聴解できているわけもなく、ブックレットの歌詞欄に名前がある)。この「ミエル(メル)」は、バイーアふうでもありサルサふうでもあって、なかなかおもしろいよね。

問題は、じゃなくてものすごいことになるのは、ブラジル盤になく Spotify にもない次の14曲目「オンジ・オ・リオ・エ・マイス・バイアーノ」だ。「リオがいちばんバイーアである場所」という意味のこの曲、まるでカーニヴァル・サンバのような感じに聴こえるよね。アルバム19曲目のマンゲイラ賛歌(1994年のカーニヴァルで本当に歌われた)がカエターノ、ベターニア、ジルベルト・ジル、ガル・コスタというバイーア四人組を称える内容だったのに対する返礼としてカエターノが自作したものなんだよね。

だからさ、上で書いたように、リオのカーニヴァルが日常である本国人にとっては説明不要なわけだし、『リーヴロ』収録曲だし、ライヴでやってもアルバムには収録せずとも問題ないだろうけれど、僕ら日本人には14曲目の「リオがバイーア」云々だとかいう曲が、『プレンダ・ミーニャ』を理解するのに必要なんじゃないかな。

ジャヴァンがやった15曲目「リーニャ・ド・エクアドール」を飛ばして、16曲目の「オダーラ」、17曲目の「ノン・エンシ」、18曲目「ア・ルス・ジ・チエタ」からは、もうとんでもないアフロ・バイーア・ファンクの連続攻撃に突入。これには耐えられない。腰が動いてしかたがなく、超快感だ。14「リオがバイーア」と違って、17「ノン・エンシ」のほうは、ブラジル盤にも収録してよかったんじゃないかなあ。どうして入っていないんだろう?

アルバム『プレンダ・ミーニャ』全体をとおしても、この16〜18曲目あたりが真の絶頂で、開放感と祝祭感に満ちあふれ、主に五人のパーカッション・アンサンブルがそれを華やかに表現している。上でブックレット掲載のステージ写真をご紹介したけれど、『プレンダ・ミーニャ』にも DVD がある。かつてはそれもよく観ていたんだけど、本当ににぎやかで楽しいんだよね。

このあとが、上述の19曲目、マンゲイラ賛歌の「アトラス・ダ・ヴェルジ・イ・ローザ・ソ・ノン・ヴァイ・ケン・ジャ・モレウ」になる。緑とバラで象徴されるこのエスコーラが、実際にサンバ・カーニヴァルで歌った曲で、カエターノ作じゃないが、アルバム『プレンダ・ミーニャ』の意図を鮮明にすべくクライマックス的に収録してあるんだろう。つまり、お祭り騒ぎ、祝祭の時間と空間。演奏だっていかにもカーニヴァル・サンバふう、というかそのまんまだ。

次のアルバム・ラスト20曲目「ヴィーダ・ボーア」はバイーアのカーニヴァル・ナンバーで、アルマンジーニョらが書いたもの。19曲目までのリオのカーニヴァルのものとはノリというかグルーヴが違っているのもおもしろい。後半部の打楽器オンリーのアンサンブル・パートはマジでものすごいね。そのまま終わるんだけど、リオのサンバ(や音楽)はルーツがバイーアにあるんだとカエターノは指し示し、アフロ・バイーアの祝祭である『プレンダ・ミーニャ』は幕を閉じる。

« マイルズと公民権運動 〜『’フォー’&モア』の真実 | トップページ | こ〜りゃカッコいいミックのソロ・アルバム No.1 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アフロ・バイーアの祝祭 〜カエターノ『プレンダ・ミーニャ』:

« マイルズと公民権運動 〜『’フォー’&モア』の真実 | トップページ | こ〜りゃカッコいいミックのソロ・アルバム No.1 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ