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2018/03/14

ブギ・ウギ・ギタリストとしてのロバート・ジョンスン

ロバート・ジョンスンが典型的なデルタ・ブルーズ・マンではないことを証明する大きな理由の一つが、ブギ・ウギ・パターンの多さだ。そりゃあもうムチャクチャに多いのだ。ロバートが残した全録音をマスター・テイクだけにすると、全29曲。そのうち、あのぶんちゃぶんちゃというブギ・ウギのパターンをギターで表現しているものは、ザッと見渡すだけでも14曲。つまり全録音の約半分はギター・ブギだ。

いっぽう典型的なデルタ・カントリー・スタイルだと指摘できるものはたったの五曲しかない。少ないから録音順に列挙すると、「テラプレイン・ブルーズ」「ウォーキン・ブルーズ」「プリーチン・ブルーズ」「イフ・アイ・ハッド・ポゼッション・オーヴァー・ジャジメント・デイ」「トラヴェリング・リヴァーサイド・ブルーズ」。これだけ。

しかもそれらデルタ・ブルーズだと言えるものでも、かなり洗練されたスタイルで演唱しているのがわかる。師匠格だったサン・ハウスみたいに徹頭徹尾ごりごりハードに突き進むようなものは、それら五曲のなかに一つもない。特にイントロ部でかなりデリケートなギターの弾きかたで入り、それでちょろっと雰囲気をつくっておいて、しばらく経ってからデルタ・スタイルに入っている。

デルタ・スタイル部でもあまりハードにスウィングせず、ザクザクと激しく刻んだりするようなところが聴かれない。しかもコード弾きでのリズムと、スライド・バーを使ってのシングル・トーン滑りの双方を同時に演奏し混交させて、複雑微妙なビートの陰影を生み出しているよね。

ヴォーカルのほうはもっとわかりやすい。デルタ・スタイルの曲ですら、大きく強く張りのある声を響き渡らせることなんて、ロバート・ジョンスンのブルーズにはない。あえて言えばスキップ・ジェイムズみたいなピッチの高い、ややフェミニンな声質で、やさしく、ときにはそっと置くように、ときにはちょっとだけ激情的に、しかし全体的には手の込んだデリケートな歌いかたをしていて、豪放磊落なんて部分はぜんぜんないんだ。

デルタ・スタイルのブルーズをやるときですら、こんなふうな都会的洗練を聴かせているロバート・ジョンスンで、だからシティ・ブルーズの1スタイルであるブギ・ウギのパターンでやっているものは、さらに繊細で洗練されていて、言ってみればまあ弱々しいというか、なよなよしたというか、めそめそしているようにというか、そんなブルーズ表現を聴かせているよね。ギターもヴォーカルも。

ブギ・ウギはもちろんダンス・ミュージックだ。この名称じたい、もとは音楽名じゃなくてダンス名だ。そしてそれは一般的にはピアノでやるブルーズのスタイルとして知られている。あるいはピアノ・ブルーズだとしか思われていない可能性が大だが、そんなことはないのかもしれない。
ひょっとしたらピアノでやりはじめたんじゃないのかもしれないんだが、リンクを貼った上の記事で書いたのでご一読を。でもロバート・ジョンスンがブギ・ウギのパターンを憶えたのは、間違いなくブギ・ウギ・ピアニストのレコードや生演奏に接してのことだったんだろう。ロバートがブルーズに目覚めたのは、リロイ・カーの1928年のレコード「ハウ・ロング・ハウ・ロング・ブルーズ」でだったらしいが、ブギ・ウギの史上初レコードも同じ28年の「パイン・トップス・ブギ・ウギ」(パイン・トップ・スミス)。

まあホント、リロイ・カーみたいな洗練された大都会のシティ・ブルーズを聴いて、自分もブルーズをやりたいとと思うくらいなんだから、ロバート・ジョンスンってハナからそんな資質の音楽家だったんじゃないかな。そんでもってリロイ・カーの出現とブギ・ウギ・ピアノのレコード発売開始がほぼ同時なんだから、ロバートはどっちも聴いていたということは疑いえない。

ロバート・ジョンスンの音楽的魅力のうち最大のものは吸収・合体力であって独創力じゃないんだ。うんまあ、そんな能力もオリジナルなものだし、ワン・アンド・オンリーであったことにだれも異を唱えることはできないから独創的には違いない。だけど音楽的に切り分けると、ブギ・ウギ、リロイ・カー的都会派ブルーズ、デルタ・スタイルなどなど、先輩連中から吸収して自分ひとりのギター弾き語りのなかに合体させ、アウトプットした 〜 これがロバート・ジョンスンだ。

ロバート・ジョンスンがそんな先輩ブルーズ・ミュージシャンたちから受け継いで自分の養分にしたうち最大のものが、ほかならぬブギ・ウギだったんだよね。なんでもいいからブギ・ウギ・ピアノの1920年代末とか30年代とかの演奏をちょっと聴いてみて。と言っただけで突き放すんじゃ愛想がないから、いくつかすこしご紹介しておこう。

まずエポック・メイキングなパイン・トップ・スミスの「パイン・トップス・ブギ・ウギ」(1928)。
これも左手でのブギ・ウギ・パターンがわかりやすいスペックルド・レッドの「ザ・ダーティ・ダズン No. 2」(1930)。
これはブギ・ウギ・ピアノ史上に残る名演であろうミード・ルクス・ルイスの「ホンキー・トンク・トレイン・ブルーズ」(1935)。
こういった人たちにブギ・ウギ・ピアノの手ほどきをして尊敬を集めていた先輩ジミー・ヤンシーがパイオニアのひとりなのかもしれないんだが、ヤンシーのばあいは、1938年にミード・ルクス・ルイスがヤンシーの曲「ヤンシー・スペシャル」を録音、発売し、それが無名だったヤンシーを世に紹介するかたちとなって、ようやく1939年になってヤンシーの録音が開始されるので、録音時期だけからしたらロバート・ジョンスンよりも遅かった。

さて、こういったブギ・ウギ・ピアニストたちが左手でブンチャブンチャと8ビートで刻むパターン。ロバート・ジョンスンのブギ・ウギものをいちばん上の Spotify プレイリストで一つにしておいたので、ちょっとつまみ食いしていただきたい。ロバートがギターの低音弦で演奏するパターンがまったく同じだとわかっていただけるはず。

いちばん典型的なのは超有名な「スウィート・ホーム・シカゴ」かな。あまりにもそのまんまのブギ・ウギだ。ロバート・ジョンスンがレコードや生演奏で聴き憶えたに違いないブギ・ウギ・ピアニストの左手の、8/8拍子の、いわゆるウォーキング・ベースのパターンを、そっくりそのままギターに移植しているじゃないか。

そのほか上掲プレイリストではぜんぶそうなので枚挙にいとまがないほど。最高傑作は僕の見るところ「ラヴ・イン・ヴェイン・ブルーズ」かなあ。この曲はリロイ・カーの、それもブギ・ウギ・パターンではない曲「(イン・ジ・イヴニング)ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」(1935)の焼き直しなんだけど、ロバート・ジョンスンはそれをブギ・ウギ・スタイルで解釈しなおして、自己流に仕立て上げた。
こんな具合なんだから、ロバート・ジョンスンについてあんなにみんなたくさん言うのなら、本当だったらブギ・ウギ・ピアニストたち(とリロイ・カーらシティ・ブルーズ・メン)についてもっと言ってくれなくちゃおかしいんだよね。あまり言ってくれてないような気がする。ロバート・ジョンスンにあるブギ・ウギ要素については「徹底的にピアノ・ブギを吸収した」とかの一言で片付けられていて、まるでデルタ・スタイルのオマケ、余興であるかのような扱いなんだけど、逆だよ、逆。

1938年の後半、かのジョン・ハモンドがロバート・ジョンスンを探し、同年開催予定の第一回『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』コンサートに出演させようとしたことと、同コンサートでブギ・ウギ・ピアニストたちがフィーチャーされ、はじめてブギ・ウギ・スタイルの音楽が全米に拡散するようになったのは、たんなる偶然だとも言い切れないようが気がするんだよね。

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