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2018/03/08

われわれは決してあとずさりしない

以前、プリンスの『グラフィティ・ブリッジ』のことをとりあげて、このアルバムにメイヴィス・ステイプルズが参加していると書いたでしょ。あのころプリンスはメイヴィスにかかわっていて、メイヴィスのアルバムのプロデュースをやったりもした。それでちょっとメイヴィスのことを思い出して、ちょっと一枚聴きなおそうと取りだしたのが2007年の『ウィール・ネヴァー・ターン・バック』。

『ウィール・ネヴァー・ターン・バック』はプリンスのプロデュースではなく、ライ・クーダーがてがけたアルバムだ。演奏にもライは全面的に参加。またそのほか、たとえばジム・ケルトナーなどライ人脈が加わって録音されたアルバムだが、全12曲のほとんどが古い伝承曲や、あるいは1950〜60年代に創られ、それらあわせてすべてそのころにメイヴィス自身、ステイプル・シンガーズの一員として歌ったものだ。

つまりカヴァー・ソング集なんだけど、2007年にそんな曲ばかりをとりあげてメイヴィスが歌ったのには、その二年前のあのハリケーン・カトリーナがきっかけだったんじゃないかと僕は思っている。他国の天災や社会問題などを日本にいながらにして身近でリアルに感じるのは、僕のばあい、なかなかむずかしいのだが、それでも特に親近感を持っているアメリカ音楽の世界にもカトリーナの爪痕がその後どんどん出現したので、その意味でだけ、なんとなく感じている。

ハリケーン・カトリーナではアメリカ南部が甚大な被害をこうむったのだが、より深刻だったのは二次被害というか、表面的にはそれまで隠されていたような感じだったのが一気に噴出したのもの、すなわち南部における貧困層や黒人たちに対する差別的扱いだ。黒人音楽家であるメイヴィス・ステイプルズは、歌でふたたびこの問題をとりあげようと思ったんじゃないかな。

ステイプル・シンガーズの一員として <あの時代> に歌ったプロテスト・ソングの数々を、もう一回、21世紀にね。メイヴィスは社会活動家、かつての公民権運動の推進者としても名を知られている。だから、ハリケーン・カトリーナがふたたびむきだしにしてしまったアメリカ(南部)の深刻な人種問題を、あの当時の歌の数々に託して歌いたかったんだと僕は思うんだよね。

古いブルーズやゴスペルなどのアメリカン・ルーツ・ミュージック、そして1960年代の社会や音楽にも通じているライ・クーダーをプロデューサーに迎えたのは、だからとてもよくわかることだ。実際、アルバム『ウィール・ネヴァー・ターン・バック』で聴けるライの仕事っぷりは見事だ。

メイヴィスとライは、しかし古い曲をただそのまま21世紀に再演しているだけではない。表面的には1960年代前半の公民権運動の時期に、黒人(や差別されている者)たちが拳を力強くふりあげて、われわれは決して負けない、屈服しない、前へ向いて進むんだとシャウトしていたようなものと似たような音楽に聴こえるかもしれない。

しかし2007年の『ウィール・ネヴァー・ターン・バック』には、一貫して強い誇りや自尊心が感じられ、それは1960年代の高揚するフィーリングというよりも、もっとグッと落ち着いた静かな感触に、サウンドも歌も仕上げられている。メイヴィスのその静けさには、わたしたちがずいぶん前の1960年代にあれだけ活動したのがまだまったく変わっていないじゃないですかという、一種の諦観めいたものすら感じる。

メイヴィスの『ウィール・ネヴァー・ターン・バック』では、歌の歌詞内容にというよりも、メロディやハーモニーやリズムなどといったサウンド面に、そういった諦観あってこその落ち着いたフィーリングに姿を変えた力強さが聴きとれるんじゃないかと思うんだよね。メイヴィスのヴォーカル・トーンもそうだけど、特にライのギターとジム・ケルトナーのドラムスが刻むリズムもいいよね。この前進するビート感こそ「われわれは決してあとずさりしないんだ」という宣言になっているのかもしれない。

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