在りし日のヴェトナム 1937~1954
1. この古いチュニックをまとって/アンサンブル・ホアイ・チュン
2. 爪/ゴック・バオ
3. 月下の白米/ゴック・カン&グエン・ティエット
4. もしあの道を行くのなら/マン・ファト
5. 山国の女/チャウ・キー
6. 絹の糸、愛の糸/ゴック・バオ
7. 帰路/ホアン・トラン
8. 音楽万歳/ゴック・バオ
9. 夢想/ゾアン・マン
10. 香江の歌/ゴック・バオ
11. 人生のために愛する/ゴック・バオ
12. 2つの家族の水牛/チュ・ヴァン・トゥック&ミン・リ-
13. 亡命の怨恨/ウト・トラ・オン
14. 経典/イエン・フー村のフオン・ジアト
15. 女戦士の親密な感情/ナム・カン・ト
16. 金雲翹/アイ・リエン&キム・チュン
ブダ盤『ノスタルジーク』シリーズは、ヴェトナム篇のほかにもエジプト篇、アルメニア篇とあるのだが、今年か昨年暮れかアルメニア篇が出るまで、僕は日本でもリリースされているとは気づかず。だからヴェトナムのとエジプトのはフランス盤で持っているのだ。これら三つの国の音楽はなにも知らないから、最初から日本盤もあるとわかっていればなあ。アルメニア篇の日本盤は、今年二月の上京時に渋谷エル・スール店頭で買った。
さて、このブダ盤『ノスタルジーク・ヴィエトナム』は1937年から1954年と題されていて、だからまずはフランス植民地時代の音源から収録されているってことなんだろう。いわゆるインドシナ戦争(対フランスの独立戦争)が1946〜54年。54年のインドシナ戦争終結と同時に南北分割。南北対立のいわゆるヴェトナム戦争が1962〜1975年。ふたたび統一国家となったのが76年だ。
1937〜54年の音源集ってことは、たぶんすべて78回転のグラモフォンがソースになっているんだろう。仏英二か国語による解説文を読んでみても、そう書いてあったりなかったり、録音・発表年もわかったりわからなかったり。さらにデジパック裏に書いてあって iTunes に読み込ませると出る人名(はすべて上記カタカナ表記と同一みたい)も作者だったり演者だったり、するの??そのへんもなんにもわかりませんがゆえ、まあいちおうは歌手、演奏家名と判断して、そして聴ける音楽のザッとした大雑把な印象だけ書いておく。
『ノスタルジーク・ヴィエトナム』で聴ける南北分断前のヴェトナム音楽は、ヴェトナムの音楽伝統というものがどんな感じなのかわからないので軽々に言えないが、まあそんなようなものと、これは僕でもすこしはわかる中国音楽からの影響、そして支配していたフランスの歌謡の流入、フランスを含む欧米の古典・大衆音楽、さらにラテン音楽のニュアンス、もう一つ、世界のギター界に多大なる影響を及ぼしたハワイアン・ギターも入ってきていると、ここまでは聴けば僕でもわかることだ。
アルバムにいちばんたくさん収録されている(五曲)ゴック・バオ。男性歌手だが、歌っているのとしゃべっているのとの中間あたりに聴こえる親しみやすいシンギングで、ちょっと微笑みながら軽く口ずさんでいるみたいな軽みがあって、解説文によれば、かのティノ・ロッシのマニアックな大ファンだったとのこと。コルシカ生まれのこの歌手の SP 盤がヴェトナムに来ていたんだろう。
ゴック・バオの持ち味は典雅で流麗な流行抒情歌謡みたいなもんかな。そう聴こえる。でも決して湿ってなくて、重くもない。書いたようにカラッとしたライト・タッチがいいね。彼が歌う五曲は、いずれもシャンソンふうなところが聴けるけれど、それより中国の影響もありつつの東南アジア風味のほうが強く漂っているような気が僕にはする。それがヴェトナム歌謡の伝統というものなのかどうか、わからない。
それでも10曲目「香江の歌」、11曲目「人生のために愛する」は、ほんのりかすかなアジアン・テイストを残しつつのシャンソンみたいだなあ。どっちもワルツだからかなあ。ポリリズミックな6/8拍子を除く三拍子系がすこしだけ苦手な僕でも聴きやすくてとっつきやすい。この二曲でもゴック・バオは軽くソフトな歌い口。10曲目ではエレキ・ギター1台(?)だけが伴奏につく。シンプルだけどゴック・バオの歌唱表現に深みがあるね。クラリネットとストリングスも入る11曲目なんかは、かなりわかりやすい。
『ノスタルジーク・ヴィエトナム』で聴ける伴奏は、欧米音楽ふうのものをコンボ編成化したようなものが多く、それはゴック・バオだけでなく、アルバムの多くの歌でそう。でもなかには中国伝統楽器(に聴こえるが、あるいはヴェトナム産?)だけの伴奏に聴こえたり、その上で長大な叙事詩を朗々とやっているかのように聴こえるものだってある。
13曲目、ウト・トラ・オン 「亡命の怨恨」が17分もあるんだよね。これの伴奏楽器は聴き慣れないが、中国系のものなのかなあ?二胡みたいな音の擦弦楽器と、なんだか弦をはじく琴かなにかそんな音と、その二つが伴奏していて、これ、歌詞の意味がわからないとダメな一曲なんだろうけれど、伴奏楽器とウト・トラ・オンが表現するサウンドや旋律の動きかたはヴェトナム伝統にもとづいている?ような…、気がするが、わかりません。しかし故郷を離れざるをえなかった怨恨って、聴いてもそこまで深く強い感情は、直截には表現されていないような…。怨恨きわまってアッサリ感に到達しているということか…?京劇っぽい痛烈な一曲ってこれのことかなあ。
『ノスタルジーク・ヴィエトナム』では、ヴェトナム伝統(中国由来もある?)歌謡を、フランスなど欧米産のポップな味で包み合体させたハイブリッド形式のほうが目立つ。書いたように13曲目のウト・トラ・オン 「亡命の怨恨」は叙事詩らしいもので、14、イエン・フー村のフオン・ジアト「経典」は、文字どおり仏教祈祷(日本の仏式葬儀で聴けるサウンドにやや近い)に聴こえるけれど、この二曲以外はだいたいすべてポップな流行歌の趣だ。
1曲目、アンサンブル・ホアイ・チュン「この古いチュニックをまとって」なんか、だれが歌っているのか複数の男性だけど、笑いながら微笑みながら、ときには咳払いしながら軽〜く、まるで鼻歌みたいに歌い、ライト・ポップスみたいで、日本のテレビ CM なんかで流れても違和感なさそう。なにかのアジアン・ティーの広告なんかだとピッタリ来るかも。
3曲目、ゴック・カン&グエン・ティエット「月下の白米」ではラテン・リズムが使ってある。ラテン・アメリカのどの音楽の?っていうのを指摘しがたいが、間違いなくラテン・ミュージック由来のリズム・スタイルとパーカッションの使いかたじゃないかな。しかしその上に乗るメロディは(東南)アジアふうのもの。
ラテンつながりで7曲目、ホアン・トランの「帰路」。これは鮮明なタンゴ楽曲だ。ストリングスとピアノとバンドネオンが伴奏について、歌のメロディにも(東南)アジアふうとかヴェトナムふうとか中国ふうなところがあまりなく、かの地のタンゴそのまんまだ。ヨーロッパ大陸でもタンゴは大ブームだった時期があるので、フランス経由で入ったか、それとは関係なくアルゼンチン・タンゴの直接の影響も世界で大きかったけれども。
9曲目、ゾアン・マン「夢想」。この曲でハワイ・スタイルのスティール・ギターが聴ける。この曲のばあいは、可愛らしい声で女性歌手が歌うメロディはアジアふうだけど、合間合間でびょ〜んとあのハワイアン・スライドが聴こえるので、えもいわれぬ混交音楽風味、エキゾティック・テイストだ。ライ・クーダーはハノイの吟遊詩人キム・シンを絶賛したけれど、ありとあらゆるギターとその同族楽器を弾きこなすライが時間空間を旅して越えて、この時代のヴェトナムで現地の歌手と共演していたら?なんていう妄想もひろがって、楽しいね。
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