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2018/04/20

フォーマットの自由化とグルーヴ重視へ 〜 『マイルズ・イン・ザ・スカイ』

1968年1月(「パラファナーリア」)と5月(ほかの三曲)の録音であるマイルズ・デイヴィスの『マイルズ・イン・ザ・スカイ』。このアルバム題とジャケット・デザインは、ビートルズとサイケデリック・カルチャーを意識したもので、同68年7月22日発売時点での時流に乗ろうとしたってことだね。ジャズのそれではなくロック/ポップ・カルチャーの文脈に。

それにしてはアルバム『マイルズ・イン・ザ・スカイ』の中身はかなり入り組んでいて、ポップ・カルチャーにアピールできそうなシンプルな明快さからはやや遠い。それに8/8拍子のロック・ビート(というより、これはリズム&ブルーズやソウルなどのものに近いのかも)を使ってあるのは二曲だけ。電気楽器を使ってあるのはそのうち一つだけ。

だからアルバム・オープナーの「スタッフ」が異様に輝いて聴こえる。ずっと前にも書いたけれど、これはグルーヴ・オリエンティッドな一曲で、フェンダー・ローズを弾くハービー・ハンコック、エレベを弾くロン・カーター、ドラムスのトニー・ウィリアムズ三人が一体化して生み出すファンキー・フィーリングにこそ聴きどころがある。

「スタッフ」だと、三人のソロ内容にはさほど集中して耳を傾ける必要がないと思える。スタジオ入りして、そこに置かれてあるフェンダー・ローズを一瞥、たしかに鍵盤があるものの数が少ないし、グランド・ピアノと比べたら楽器全体のサイズも小さいそれを見て、「このオモチャを弾けというのか…?」と思ったらしいハービーのエレピだけでなく、マイルズとウェイン・ショーターのサウンドも電気アンプリファイされている(のはわかりにくいけれど)。

電気でアンプリファイされて、といってもマイルズとウェインが向かって吹くマイクロフォンがアンプに直結されていて、エンジニアはそのアンプのスピーカーから音を拾って録音したというだけの話だから、そんなどうってことないけれど、マイルズのキャリアでは初の試みだった。

だから「スタッフ」における電気楽器は、やはり主にフェンダー・ローズとエレベだ。それでもってモータウン・ビートというかブーガルー・タンゴというか、そんなグルーヴィさを出していて、曲じたいの魅力もそこにあるわけだからわかりやすいものになりそうなのを、そうなっていない最大の要因はテーマ部の複雑さにある。

同じようなモチーフというかリフみたいな短いパッセージを変奏しながら反復し成立している「スタッフ」のテーマ・メロディ。とその背後でのリズム・セクションの動き。一回通してぜんぶを演奏するだけで三分もかかってしまうから、ふつうのポップ・シングルだったら、それだけで終わりだ。マイルズらはそれを二回演奏しているので、ソロに入るまでに約六分もかかっている。

その六分間のテーマ演奏で聴けるハーモニー構造から察するに、ここにもギル・エヴァンズのペンが入っていたのは間違いないと僕は判断する。次作にあたる『キリマンジャロの娘』は事実上マイルズとギルの共作だというのはひろく知られているし、僕も一度強調した。そもそも1968年において、この二人はかなり近かった。

このあたりのマイルズ&ギル関係の詳しいことは、1968年2月16日録音のコラボ曲「フォーリング・ウォーター」関連で書きたい。その後、4月にロス・アンジェルスのグリーク・シアターで共演ライヴを開催し成功している。そのまま5月の「カントリー・サン」「ブラック・コメディ」「スタッフ」の録音に入ったというかたちになっているんだよね。

でも「カントリー・サン」「ブラック・コメディ」にギルは介在していなさそうだ。特に5月16日録音の「ブラック・コメディ」は従来路線というか、このクインテットのそれまでの諸作にとてもよく似ていて、この時点での新鮮味はほぼない。トニーの叩きかたが(特に別テイクのほうで)すごいけれど、前からずっとそうだから。

「カントリー・サン」のほうはなかなかおもしろいよ。三部構成になっている。4ビート・スウィング、3拍子バラード、8ビート・ロック、このスリー・パートだ。 マスター・テイクはいきなりマイルズのソロからはじまって、それはメインストリーム・ジャズの4/4拍子だけど、しばらく経ってバラード調になって、マイルズが吹き終えるとロック・ビートにチェンジ、ウェインのソロになる。

ウェインのソロはロック→バラード→ジャズ・スウィング→バラードの順で変化しながら進行。バラード状態のままハービーのアクースティック・ピアノ・ソロになる。ハービーはすぐにロック・セクションに入り、かなりファンキーに弾く。ふたたびバラードになったかと思うとそれは一瞬で、即座に4ビートのパートになる。バラードでハービーは終わり、そのままマイルズがきれいに吹き、ファンキーなロック・パートになる。

その8ビート・パートでのマイルズのロック・トランペット・ソロの内容がかなりいい。タイトだし、フレイジングの組み立ては、すでに1968年末〜69年ごろからの、簡潔なリフを反復するファンキーな演奏に近づいている。ちょっとブラス・ロックみたいじゃないかなあ。「イッツ・アバウト・ザット・タイム」(『イン・ア・サイレント・ウェイ』)でのトランペット・ソロが僕は本当に好きなんだけど、それに近づいてきているよね。

そこがずっと続けば、もう新たなる地平に踏み込んだということになるけれど、「カントリー・サン」ではふたたび4ビートなジャズ路線とバラード路線が出てきて終わる。だから過渡期だったのかなあという印象だけど、でもこれを録音した1968年5月15日時点で、リズムの自由化とか従来フォーマットの打破といった試みをマイルズもやった。当時としてはおもしろい遊びだ。

5月16日の「ブラック・コメディ」録音をはさみ17日録音の「スタッフ」で、上で書いたようにギルの手を借りながら、マイルズも全面的にグルーヴ最重視型の音楽家へと変貌したってことになるのかな。それにしても「スタッフ」ではあんなにウネウネ入り組んだテーマ・メロディがあって、しかしその三日前録音のマイルズ作とクレジットの「カントリー・サン」にはテーマがないっていうのも、不思議だ。

リズムやその他のフォーマットの自在化、グルーヴ・オリエンティッド志向への変貌、反復リフをベース+ギター+鍵盤で重ねてサウンドを創る手法の導入などとあわせ、テーマ・メロディの有/無も、この時期のマイルズ・ミュージックの変貌を物語る1ページだ。

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