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2018/04/26

ブラジル人としか思えないアナット・コーエンのショーロ・クラリネット

 

 

ショーロかな、これは。インストルメンタル・サンバ?それはショーロだから、おんなじか。ブラジリアで録音したアルバムらしい。でもこのクラリネットはイスラエル出身で米ニュー・ヨークに住み(ふだんは)ジャズ界で活動している人物が吹いている。どう聴いてもブラジル人みたいじゃないか、アナット・コーエン。ベーシストではなくトランペッターのほうのアヴィシャイ・コーエンの妹だ。そう、アヴィシャイは二人いる。注目されているのはベーシストのほうだけど、今日は関係ない。ややこしいね。イスラエルではありきたりな名前だ。

 

 

昨日書いたニーナ・ヴィルチ『ジョアナ・ジ・タル』の CD が届くのはずっと先だから Spotify で聴いていての偶然の出会いだったんだよね、このアナット・コーエン&トリオ・ブラジレイロの『アレグリア・ダ・カーザ』。Spotify でなにかのアルバムやプレイリストの再生が終了するとき、リピート設定にしていないばあいには、関連のオススメ曲がそのまま続けて流れてくる(設定でオフにできる)。

 

 

そんなわけでニーナ・ヴィルチの『ジョアナ・ジ・タル』はリピートするようにしていたはずだけどなってなくて、続けてその関連でなんだかすごくいい感じのサンバっぽいインストルメンタルものが流れてきて、オッ、これ、いいじゃん!だれ?と思って iPhone 見たら、アナット・コーエン&トリオ・ブラジレイロの「サルエ・ラティーノ」と書いてあって、あわてて収録されているアルバムを探して出てきたのが2016年の『アレグリア・ダ・カーザ』だったんだ。

 

 

探したら結局アマゾン US で CD が買えちゃったけれど、かなりいい内容だと思うし、ブツの到着は五月半ばと表示されていて、昨日書いた『ジョアナ・ジ・タル』といっしょくらいだ。そんなに待てないもんね。ニーナ・ヴィルチの『ジョアナ・ジ・タル』同様、フィジカルが届く予定ではあるけれど、すんごく可愛かったりすんごく楽しかったりするから、待てない。もう書いちゃう。こらえ性がなくてごめんなさい。

 

 

アナット・コーエンのことは、僕はこれまでぜんぜん知らなかったけれど、ジャズ・クラリネット(その他リード楽器)奏者として、かなり評価が高いんだそうだ。調べてみたら「年間最優秀ジャズ・クラリネット奏者」みたいな意味の賞を、もうずっと連続受賞しているみたい。そんでもってコーエン兄弟での活動もあるみたいだ。さらに、今日話題にしているものもそのひとつだけど、ブラジル音楽にかなり入れ込んいるみたい。

 

 

まだほとんど聴けていないので、そのへんは書けない。とにかくトリオ・ブラジレイロと共演したのが2016年の『アレグリア・ダ・カーザ』と、もう一枚2017年に新作があって、そっちはふつうに日本のアマゾンでも買えた。そのほかブラジル人音楽家との共演がたくさんあるみたいだよ…って、いまごろ知ったようなのは僕だけか(^_^;)。

 

 

トリオ・ブラジレイロは2011年結成で、ドゥドゥ・マイア(バンドリン)、ドーグラス・ローラ(7弦ギター)、アレシャンドレ・ローラ(パンデイロなどパーカッション)。2016年の『アレグリア・ダ・カーザ』でも、この三人が全11曲でフル参加。主役アナットのクラリネットを前面に出しながら、かげひなたとなって盛り立てている。バンドリンやギターのソロもあるけれど、短い。

 

 

11曲のほとんどは四人の自作なんじゃないかなあ。CD が届いていないし、ネットで調べても情報が出なかったけれど、僕が知っていたのはいずれもジャコー・ド・バンドリンの1曲目「ムルムランド」、9曲目「フェイア」、10「サンタ・モレーナ」だけ。この三つはショーロ・クラシックだ。それら以外は、たぶん参加メンバーの自作だと思う。

 

 

そのジャコーの10曲目「サンタ・モレーナ」から話をすると、このアナットらのヴァージョンはフラメンコにアレンジしてある。ジャコーのヴァージョンからしてショーロにしてはエキゾティックなものだったけれど、アナットらのものは、まずギターのドーグラスが完璧なフラメンコ・ギターを弾き、ほかの三人が出て以後も、リズム・スタイルだってそうだ。ちょっと聴くと、ショーロとも思えないほどのスパニッシュな激情が表れている。しかもそれをバンドリンが表現したりするのでおもしろい。クラリネットがこんなにめくるめくようにやるのなんか、たくさんは聴いたことのない演奏だ。

 

 

アナットとトリオ・ブラジレイロは、アルバムに一曲フラメンコ調を入れるのが決まりごとなのか、2017年新作にも一つある。ショーロのクールさというか、最近繰り返しているけれど、ぬくもった(湿り気のある)情緒をカラリとした乾きかたで表現するそのサウダージこそが僕にとってのショーロの味で、込めた感情はそっとひそやかにサラリ軽く聴こえるかのように演奏するのこそがイイと思っているから、内なる炎を外に出して激しく燃やしまくるフラメンコの世界はまるで正反対だ。と僕は思うけど、アナットらによるジャコーの「サンタ・モレーナ」は、アルバム全体のなかではやや浮いてはいるものの、おもしろいアクセントになっている。

 

 

ジャコーの曲のなかでも、アルバム1曲目「ムルムランド」は忠実なストレート・ショーロだ。クラリネットだって伝統的な古典ショーロ界においても珍しいものじゃない。アナットが主旋律を吹いたあと、バンドリンのソロになって、その間アナットはオブリガートを吹き、二番手でアド・リブ・ソロになる。そのクラリネット・ソロがいいよ。どこからどう聴いてもブラジル人ショーロ演奏家としか聴こえない。その後アレンジされたアンサンブルもあり、ギター・ソロもある。

 

 

これら以外の自作曲(だと思うが確証はない)でも、四人のアンサンブルとソロ・パートのバランスがいい。プロデュースはどうやら四人の共同作業らしいが、だれかがアレンジやサウンド・メイクの主導権をとったんじゃないかと思う。そこまでは僕にわかるわけがない。トリオ・ブラジレイロの三人はもちろんだけど、アナットのクラリネットが素晴らしいなあ、ショーロがうまいなあと思って聴くだけ。

 

 

ついでみたいに偶然 Spotify で流れてきたので耳を持っていかれたのが、アルバム8曲目の「サルエ・ラティーノ」だったので、これのことも書いておこう。曲題どおりたんにブラジル国内というんじゃなく中南米系、というかはっきり言えばカリブ/キューバ音楽っぽいニュアンスが感じられる。しかも陽気で快活で、文句なしに楽しくノリがいい。この一曲が、アルバム『アレグリア・ダ・カーザ』ではいちばんチャーミングなんじゃないかな。

 

 

アルバム・タイトルは、3曲目のものからそのまま持ってきている。ここでだけハーモニカのガブリエル・グロシが参加している。アミルトン・ジ・オランダといっしょにやっていたりなどするので、知名度のあるハーモニカ奏者なのかな。歯切れよくスウィングする吹きっぷりで見事だ。五人の演奏もまさにアレグリア。だれが書いた曲なんだろうなあ。

 

 

4曲目が「バイアーノ・グーリ」というタイトルだけど、う〜ん、バイーアふうなところがあるかなあ?リズムの感じが、たしかにちょっと(リオやサン・パウロなどの)ストレート・ショーロとはすこし違うのかも?と思わないでもない跳ねかただけど、そんな気にするほどじゃないような。途中でバラードふうになる。

 

 

5曲目「イン・ザ・スピリット・オヴ・バーデン」は、だれが書いて曲題もつけたのかホント知りたいが、おそらくはバーデン・パウエルへの言及だよね。タイトルだけでなく曲想やリズムや演奏スタイルも、ショーロからやや離れてモダンな MPB っぽい感じ。古典ショーロの趣は薄い。いや、ほぼない。

 

 

ここまで書いたもの以外では、2曲目「ウェイティング・フォー・アマリア」は快活でグルーヴィな典型的クラシック・ショーロ。6曲目「ヴァルス・パラ・アリセ」もショーロに多いワルツもの。7曲目「エンゴレ・オ・ショーロ」もティピカルだ。9「フェイア」11「アナッツ・ラメント」などのしっとり系バラード調でアナットが吹く情緒は、なかなか得がたいものがあるよ。

 

 

伴奏のトリオ・ブラジレイロの三人はもちろんいいんだけど、クラリネットという硬質じゃないサウンドを持つリード楽器は、独特の湿ってしっとりした丸いフィーリングを表現しやすいものだと僕は思う。北米合衆国の戦前古典ジャズ界でもそうだった。現代においてそんな楽器をメインにやっているジャズ・レイディだからアナットはショーロに惹かれるのか?そんな楽器だからここまでうまくハマっているのか?わからないが、『アレグリア・ダ・カーザ』で聴けるこんなクラリネットは、ブラジル人でもなかなか吹けないものだろう。

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