ザヴィヌルとエスニック・フュージョンの時代
だからまず『マイ・ピープル』のことについて、今日は書いておこう。ところでザヴィヌルの音楽志向は、ワールド・ミュージックというよりもエスニック・ミュージック路線と呼ぶのが、よりふさわしいように思う。アメリカやヨーロッパから見た際の異国音楽要素をとりいれたということじゃないかな。ウィーン生まれのザヴィヌルで、アメリカでブラック・ミュージックをやったけれど、そういう志向はやっぱり植民地主義根性なのかもしれない。それはレッド・ツェッペリンなんかにもつながるものだけど、音楽じたいは僕は好きだから、そこは(中村とうようさんみたいに)否定できないんだ。
ザヴィヌル『マイ・ピープル』。曲想やサウンド創りの根幹は、このひとのばあい、上でも書いたウェザー・リポート『幻想夜話』あたりからあまり変わらず。とうようさんなんかはそういったザヴィヌルのことを、1981年ごろ「煮詰まっている」と表現したけれど、うん、そうなんだよね。曲創りも、シンセサイザーの音色選択も弾きかたも、ほぼすべてと言っていいくらい『幻想夜話』あたりから死ぬまでだいたい同じだ。
ただし、ヴォーカリストの、というかひとの声の使いかたは刷新されている。それだって後期ウェザー・リポートのあたりから変化していないじゃないかというのはそのとおりなんだけど、『マイ・ピープル』にはとても強力な歌手が参加している。マリのサリフ・ケイタだ。このアルバムの隠しテーマはサリフなんだよね。
いやまあ隠れてもいないけれど、ジャズ専門のリスナーのみなさんはひょっとしてザヴィヌルとサリフのことを詳しくはご存知ないのかも?と思ったりすることがちょぴりある。サリフも知名度はどこででも高いけれど、あんがいジャズ・ファンは真剣に聴いてないかも?アフリカ音楽好きならみなさんご存知、サリフの1991年作『Amen』をザヴィヌルがプロデュース、演奏にも参加している。ウェイン・ショーターやカルロス・サンタナも参加。
『Amen』のことは明日書こうと思うのだが、『Amen』の2曲目「Waraya」が、ザヴィヌルの『マイ・ピープル』でもとりあげられているんだよね。さらに『マイ・ピープル』3曲目の「Bimoya」はサリフがこのアルバムのために書いたオリジナル曲で、サリフ自らゲスト参加で歌う。
「Waraya」
「Bimoya」
ザヴィヌル『マイ・ピープル』ヴァージョンの「Waraya」で歌っているのはジョー・ザヴィヌル自身だ。ヴォコーダーで変調、加工してある。そりゃあサリフが歌う『Amen』ヴァージョンと比較はできない。だいたいサリフ・ヴァージョンの「Waraya」だって、アフリカ音楽愛好家のあいだでは、たぶん評判が悪いかも。アルバム『Amen』じたいがそうかな。
バンド・サウンドそのものに、サリフ・ヴァージョンとザヴィヌル・ヴァージョンでさほど大きな変化は聴きとれないように思う。ひょっとしたら『Amen』のときはサリフの主張と抵抗もあって、ザヴィヌルの意図するサウンドをフルに実現できずに、だから自らのソロ・アルバムでやりなおしたんじゃないかという気もするんだよね。ヴォーカルの比較はできないが、その点を除けば、僕なら『マイ・ピープル』ヴァージョンの「Waraya」のほうが好きだ。リズムもサウンドもより強靭だし。
サリフ本人をゲスト・ヴォーカリストに迎えた「Bimoya」。サリフ本人の声の使いかたがイマイチかも?と思わないでもない。もっとこう強い張りのある声で歌う人なのになあとかっていう感じなんだけど、サリフの書いた曲じたいはとてもいいね。そこにザヴィヌルが施したオーケストレイションも僕は好きだ。
ザヴィヌルとサリフの関係はこういったことだけでなく、『マイ・ピープル』〜『ワールド・ツアー』期のザヴィヌル・シンディケイト(という名のレギュラー・バンドだった)のメンバーの核は、サリフからもらったようなものだった。ベースにカメルーンのリシャール・ボナ、ドラムスにアイヴォリー・コーストのパコ・セリー。
特にパコ・セリーがすごい。この時期の最強ドラマーのひとりだった。リシャール・ボナのほうは、作品化された『マイ・ピープル』『ワールド・ツアー』では部分的にしか弾いていないのでわかりにくいかも。それでもたとえば『マイ・ピープル』だと7曲目の「オリエント・エクスプレス」でのエレベなんか、いいよなあ。ちょっとジャコ・パストリアスを想わせる細かいパッセージの弾きかたで、カッコエエ〜。
そうそう、この時期のザヴィヌルの活動で僕がいつも思い出すのはインド人パーカッショニスト、トリロク・グルトゥだ。1993年の『クレイジー・セインツ』。これ、僕が渋谷東急プラザ内新星堂で見つけオッ!と思ったのはザヴィヌルが参加しているからだもん。パット・メセニーが弾く曲もあるし、ジャズ・ファンはここからグルトゥ入門したばあいも多いんだ。ザヴィヌルの悪口ばっか、言わないで。
トリロク・グルトゥは、今日の話題『マイ・ピープル』にも参加している。先の7曲目「オリエント・エクスプレス」と8曲目「Erdapfee Blues」。後者のリード・ヴォーカルがやはり電子変調させたジョー・ザヴィヌル本人で、曲じたいはウェザー・リポートの『幻想夜話』にある「バディア」そっくり。
『マイ・ピープル』にいるゲスト・ヴォーカリストは、サリフ・ケイタ、リシャール・ボナ以外にも、アルタイ山脈/南シベリアとクレジットの Bolot、トルコ人の Burhan Öçal、アナトリアとクレジットされている(トルコはイスタンブル生まれのアルメニア系) Arto Tuncboyaciyan、ベネスエーラのタニア・サンチェス。バック・コーラス担当ならほかにも数多い。
なかでもトラディショナルとクレジットされている6曲目「Ochy-Bala/Pazyryk」。Bolot が歌うのがこれだけど、まるで仏教の声明なんだよね。しかしアダプトして歌うのはアルタイ山脈の音楽家だから、う〜ん、これはなんだろう?楽しいなあ。これだ(なんでショーターが写ってんの?)。
ザヴィヌル『マイ・ピープル』のテーマともいうべきサリフ・ケイタ関連でないものだと、この「Ochy-Bala/Pazyryk」とか、アナトリアの Arto Tuncboyaciyan が歌う4曲目「ユー・ワント・サム・ティー、グランパ?」とか、あるいはウェザー・リポートにも多い、いかにもな南米系ジャズ・フュージョンだけど、タニア・サンチェスが伸びやかな声を聴かせる9曲目「ミ・ヘンテ」あたりが、最大の聴きものかな。
この「ミ・ヘンテ」(Mi Gente)を英語にすると「My People」になるけれど、アルバム題は、あくまで直接的には1曲目「イントロ・トゥ・ア・マイティ・テーマ」でフィーチャーされているデューク・エリントンのしゃべりから持ってきている。このワン・トラックも、曲想は『8:30』D 面にあった「ジ・オーファン」そのまま。
だからダメっていうんじゃなく、ワールド・ミュージック・フュージョンというか、僕の使いたい表現だとエスニック・フュージョン化していたザヴィヌルの音楽を評価したいみなさんは、ウェザー・リポート時代からそれはほぼ姿も違わずあったんだから、ちゃんと聴いてほしいってことなんだよね。
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