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2018/04/14

ショーロ・バイブル復活に寄せて

 

 

本日2018年4月8日にリイシューされたライス盤『ショーロの聖典』。ピシンギーニャとベネジート・ラセルダとの共演録音集だ。その記念に、というかまあ販促活動の一環として、オフィス・サンビーニャとは縁もゆかりもない僕だけど、ちょっとなにか記しておきたい。だってね、アルバム題どおり本当にバイブルなんだよ。

 

 

2018年リイシュー盤にも、僕の持つ2002年盤と同じく田中勝則さんの丁寧な解説文が付いているはずだから、僕の以下の文章は、そのライス盤 CD をお買いになれば不要なものだ。今日のこれは田中さんの文章のただの受け売りのコピペで、まだお持ちでないみなさん向けに、この CD が一枚でも二枚でも売れたらいいなという、そんな気持ちで記すだけ。

 

 

ピシンギーニャとベネジート・ラセルダ両名の経歴なんかは書いておく必要などないはず。もちろんピシンギーニャのほうが先輩。基本彼はフルート奏者で、ラセルダとの共演録音ではテナー・サックスを吹いている。と同時にピシンギーニャの偉大さはいち楽器奏者というだけでなく、ショーロ/サンバ史に残る作編曲者という面にも(こそ)ある。

 

 

ベネジート・ラセルダ(ジャケットでは Benedicto となっているが、これが当時の表記)はフルート奏者。曲も書くが、ある時期ビッグ・バンド活動がメインだったピシンギーニャと違って、少人数コンボ編成のバンドで活動。1930年代に多くのサンバ歌手の伴奏もやった。

 

 

この二人が手を組んで共演録音を開始したのが1946年。終わったのが1950年。その間ぜんぶで44曲の録音がある。ライス盤解説文の田中勝則さんは41曲とお書きだが(p.14)、僕が持つこの二名の共演録音コンプリート集には44曲ある。持っていないかたも Spotify で(ジャケットも)同じものが聴ける。

 

 

 

1946年にどうしてピシンギーニャとベネジート・ラセルダが(レコード録音だけだなく生演奏でも)共演を開始したのか、どうし1950年に終了したのかということも、田中勝則さんの解説文に詳しくある。肝心の曲や演奏そのものの持つおもしろさ、魅力、聴きどころなどについてすこし記しておく。

 

 

アルバム1曲目が、録音順を無視して「1対0」(Um A Zero)になっているのは当然だ。この一曲こそ、ピシンギーニャ(テナー・サックス、作編曲)とベネジート・ラセルダ(フルート)の全共演において、最も輝いている宝石だからだ。これ一つ聴けば、ショーロ・ミュージックの軽快な楽しさ、ゴキゲンな気分というものが手に取るようにわかるはず。

 

 

 

この「1対0」については、二年以上前に、詳しく書いたことがある。

 

 

 

この二名の共演ではベネジート・ラセルダが書いた曲もあるし、またもっと古典的なショーロ楽曲のカヴァーもあったりするが、メイン・コンポーザーはあくまでピシンギーニャだ。そしてこの「1対0」でもおわかりのように、どこまでが演奏前に存在したラインで、どこからが即興演奏などとの区別がつかない。全体的にインプロヴァイズドな自然発生的に聴こえるのが、ピシンギーニャの作編曲の、そして二名の演奏能力の、高さだ。

 

 

ベネジート・ラセルダのフルートは、まるで蝶か小鳥のように軽くひらひらと自在に舞っているよね。ちょっと聴いた感じ、ピッコロなのかな?と思ってしまうほどだ。ピシンギーニャのほうも一流のフルート奏者だったんだけど、ラセルダも同じくらい上手い。ひょっとして…ラセルダのほうが…?1946年にラセルダとの共演開始を機に、ピシンギーニャが手の震えを理由に、フルートをおいてテナー・サックスに専念したのは…あるいは…?

 

 

「1対0」でも他の曲でも、主旋律はベネジート・ラセルダが吹く。そもそも40曲以上あるこの共演録音では、ピシンギーニャがテナー・ソロを吹く時間はかなり少ない、というか稀で、ほぼ全面的に後輩ラセルダを表に出してフィーチャーしているようなアレンジと演奏だ。古典曲のカヴァーでも同様。

 

 

そしてピシンギーニャはバックにまわり、ベネジート・ラセルダの盛り立て役に徹している。フルートの旋律とからみいながら、対位法的に伴奏するラインをテナー・サックスで吹いているよね。それがコントラ・ポントだ。カウンター・メロディみたいなもの。ショーロ史でこれを確立したのがピシンギーニャの師匠イリニウ・ジ・アルメイダだった。引き継いだピシンギーニャはコントラ・ポントをフル活用、ラセルダとの共演録音でも、それが作編曲演奏の根幹を形成している。

 

 

 

 

ベネジート・ラセルダがフルートで吹く主旋律も本当に可愛らしくてチャーミングなんだけど、ピシンギーニャがテナー・サックスで吹くコントラ・ポントが最高におもしろいよねえ。と、僕はいつも思って聴いているんだけど。いちばん楽しいと思うのは、対位法的な旋律の動きもさることながら、テナーで演奏するリズムだ。

 

 

たとえば「1対0」でも、ピシンギーニャのテナー・サックスは、一音程を反復したりするパートでもそうでないパートでも、そのフレイジングをリズミカルにやって、演奏全体の土台を創りグルーヴを生んでいる。特に 0:34 〜 0:42、0:51 〜 1:00 のあいだで、ブッブッブ、ブッブッブとやって、そのテナー・リズムが本当にグルーヴィ!ほかの部分ではメロディアスで流麗にやったり、また一音程をなめらかに続けたりと、実に表情が豊か。そして大胆。

 

 

私見では、ピシンギーニャ&ベネジート・ラセルダ共演録音集『ショーロの聖典』最大の聴きどころは、ピシンギーニャがテナー・サックスで演奏するコントラ・ポントの妙味あると思ってすらいるくらいなんだよね。たぶんかなりな程度まで作曲されていたか、事前に練りこんであったか、スタジオ録音前にライヴ・ステージなどで繰り返し演奏し熟達していたかに違いない。

 

 

ここに収録されているこの二名の共演録音がきっかけでショーロ・スタンダードとなったナンバーは多い。「1対0」は言うまでもないが、5「私は生きてゆく」(Vou Vivendo)、13「インジェヌオ」(Ingenuo)、17「女たらし」(Sedutor)などもそう。14「新しい靴のアンドレー」(Andere De Sapato Novo)はアンドレー・ヴィクトル・コレーアの曲だけど、これもこの共演録音でスタンダード化した。

 

 

またカルメン・ミランダの歌で有名なはずの7「チコ・チコ・ノ・フバー」(Tico Tico No Fuba)もあるし、また25「ただ疲れさせるために」(So Para Moer)は、ショーロ第一世代ヴィリアート・フィゲラ・ダ・シルヴァの曲、26「アトラエンチ」(Atraente)はシキーニョ・ゴンザーガの曲、27「マトゥート」(Matuto)はエルネスト・ナザレーの曲で、なかにはノスタルジックな雰囲気が聴けることもあるけれど、刷新されてピシンギーニャ&ベネジート・ラセルダ共演のために用意されたものであるかのように変貌し、瑞々しく聴こえるのが素晴らしい。

 

 

最後に。ピシンギーニャとベネジート・ラセルダとの共演コンプリート集からピック・アップして、ライス盤『ショーロの聖典』と同じになるようにしたプレイリストを Spotify で作成しておいたので、参考にしてほしい。お聴きになって、うんこりゃホント楽しいね!とお感じになったら、ぜひライス盤 CD を買っていただきたい。

 

 

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