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2018/05/07

a hidden gem

 

 

と、4月15日にブルー・ノート・レーベルの公式 Twitter アカウントがわざわざ呼んだ『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』。そうか、そうなのか、会社公式でも、これは宝とはいえ隠れているもので、ってことはさほどは知られていないものっていう認識なんだな。もちろんそんなツイートをしたのはそうであってほしくないという宣伝だけど。

 

 

僕らはこの、名義はユタ・ヒップがリーダーの『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』のことを、みんなよく知っている傑作有名盤だと思っていままで愛聴してきているので、ちょっと意外だった。僕がいま持っているのは2008年のリイシュー CD で、2007年ルディ・ヴァン・ゲルダー・リマスター・エディション。アナログ時代の全六曲にくわえ、二つの追加トラックがある。とはいえ、このアルバムは AB 面それぞれ三曲ずつだという認識で来ていたものは、そう簡単には揺るがない。

 

 

追加されているのは「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」と「ス・ワンダフル」。どっちも有名スタンダードだけど、ガーシュウィンの書いた後者のほうではテーマが演奏されていない。コード進行だけ拝借しているもので、つまりビ・バップの音楽家がとてもよくやるパターン。いちおうズートとジェリー・ロイド(トランペット)によるシンプルな合奏リフがあるのがテーマ代わりみたいなもんかな。

 

 

そのジェリー・ロイドは、はっきり言って不要だね。どこにもおもしろみがないような気がする。ジェリーは、たぶんチャーリー・パーカー・コンボ時代のマイルズ・デイヴィスをお手本にしたのか?みたいな情けない音色とフレイジングで、どうしてそんなトランペッターがこのアルバムを録音した1956年7月28日のハッケンサックに呼ばれたのかは明白だ。

 

 

一言でまとめると、ズート・シムズ・カルテットとなるのを避けなければならなかったからだ。つまり裏返すと、ブルー・ノートのアルフレッド・ライオンとしてはズートのリーダー・アルバムを創りたかっただけ。そんでもって、『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』の中身も、実質そういうものになっていると聴こえる。

 

 

ところが当時のズートは他社との専属(に近い)契約があったため、リーダーとして名前が出るようにはできなかったのだ。アルフレッド・ライオンも、このころ勢いが出てきていたこのテナー・サックス奏者が大好きで目をつけていたらしいのだが、契約は契約だ。

 

 

それでアルフレッドと母国を同じくする女性ピアニスト、ユタ・ヒップのリーダー作品ということにして、しかしズートのワン・ホーンにしちゃったんでは露骨すぎるのでトランペッターをくわえ、クインテット編成で行こうとなったんじゃないかと僕は推測している。ユタはちょうどヒッコリー・ハウスに定期出演していたころかな。

 

 

ユタ・ヒップもいいモダン・ジャズ・ピアニストではある。レニー・トリスターノからの影響を言われるけれど、『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』ではむしろホレス・シルヴァーのタッチに似ている。ホレスの持つあんなジャンピーなファンキーさはないが、簡素で目立たない素朴なラインをシングル・トーンで弾くあたりがね。

 

 

しかしできあがりのアルバムを、もしまだお聴きになったことのないかたは、ぜひ上の Spotify にあるので覗いてみてほしい。どこからどう聴いても、トランペッターは申し訳程度のオマケ。ピアニストもかなり控えめで、ズートひとりがテナー・サックスを吹きまくっているじゃないか。だれが実質的なリーダーなのか、瞭然だ。

 

 

むかしの僕は、この『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』LP の A 面ばかり聴いていた。旧 B 面も聴くようになったのは、というかその憶えがあるのは CD リイシューされてからだ。このアルバム、ブルーズとメロウなラブ・バラードの二種に分かれているように思う。

 

 

1曲目なんか、タイトルが味も素っ気もない「ジャスト・ブルーズ」で、しかし演奏内容はこれがアルバム中いちばん素晴らしい。2曲目のバラード「コートにすみれを」との二つで、群を抜いている。定型ブルーズはほかに、5曲目「ウィー・ドット」(J.J. ジョンスン)がそうで、また3曲目「ダウン・ホーム」(ジェリー・ロイド)は AABA 形式だけど、フィーリングは曲題どおりのブルージーさ。

 

 

その「ダウン・ホーム」は、オールド・スタンダード「インディアナ」のコード進行を使ったもので、ってことは、かのマイルズ作(名義はパーカー)の「ドナ・リー」と同じチェンジだ。この曲でもズート・シムズは勢い満点にブロウする。ユタのピアノがけっこういいね。

 

 

4曲目「オールモスト・ライク・ビーイング・ラヴ」、6曲目「トゥー・クロース・フォー・コンフォート」は、どっちもラヴ・バラード・スタンダードじゃないのかと思うんだけど、ズートらはミドル・テンポに上げてブルージーにやっているのがいい。「ら」っていうか、そう演奏しているのはズートひとりだけどね(+ドラムスのエド・シグペンもか)。

 

 

ってことは、旧 B 面は三曲ぜんぶがブルーズで、A 面も2曲目の「コートにすみれを」だけがゆったりバラードで、ほかの二つはブルーズってことになって、な〜んだ、この『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』はジャズ・ブルーズ・アルバムじゃないか。

 

 

「コートにすみれを」はマジできれい。この名曲の楽器演奏ヴァージョンでは疑いなくナンバー・ワンに違いない。ユタのピアノだってイントロも間奏ソロもかなりよく、この曲ではたしかにレニー・トリスターノ的だ。しかしズートのテナー吹奏が、どうにもこうにも美しすぎる。特にピアノ・ソロをはさんでの二回目のテナー・ソロは、音色とフレイジングにメロウさも、そして迫力も増して、チャーミングで、絶品。

 

 

唯一の瑕疵は、この「コートにすみれを」、エンディング部でジェリー・ロイドがちょろっとだけ吹いちまっていることだ。これさえなかったらなあ。と大学生のころから残念に思っている。ちょうど、1956年のマイルズ・ファースト・クインテットがプレスティッジで行なったマラソン・セッションで、きれい目のバラードをカルテットでやっているのに、終盤でジョン・コルトレインがちょびっと音を出しちゃうでしょ、あれに似ている。

 

 

1曲目の「ジャスト・ブルーズ」。このアルバム『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』に最初に針を下ろすまで、白人テナー・サックス奏者なんだから…、という僕の理由なき偏見は完璧に消し飛んだ。御多分に洩れずズートも黒人テナー・サックス奏者レスター・ヤングを範とする人だけど、レスターがブルーズを吹くときのフィーリングを、しかもレスターの音色そのままに受け継いでいるのが、この「ジャスト・ブルーズ」のズートだ。

 

 

かなりブルージーでファンキーだし、ときおりホンキングも混じえながら勢いのあるフレイジングでブロウを聴かせているよね。最初のソロもすごいが、二番手ジェリー・ロイド、三番手ユタ、四番手アーメド・アブドゥル・マリクのベース・ソロ(っていうのかこれ?)に続く、二回目のテナー・ソロの豪快さったら、レスターのスタイルそのまんまではあるけれど、すごいよ。こんなの、なかなかできないもんだと思うなあ。

 

 

特に 7:27〜8:16、なかでも 7:46〜7:51までのノリはすんごいものがある。超グルーヴィだ。その証拠に、7:51で思わずだれか(たぶんエド・シグペンかな?)が思わずウェ!ってうなり声をあげているもん。こんなふうに吹けるモダン・ジャズのテナー・サックス奏者がいるのなら、肌の色や出身国を問わず、教えてくれ。

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