たまにはケニー・ドゥルーをちょっと
1956年のリヴァーサイド盤『ケニー・ドゥルー・トリオ』。いま僕が持っているのは1994年に再発された日本のビクターの紙ジャケット盤 CD で、たぶんこういった作品は日本でしかリイシューされない。解説文の佐藤秀樹さんによれば、来日時のオリン・キープニューズは、『ケニー・ドゥルー・トリオ』の再発と『スイングジャーナル』誌選定のゴールドディスク獲得に大喜びだったそう。
こういうようなモダン・ジャズのピアノ・トリオ、特にケニー・ドゥルーみたいな、言いかたは悪いけれど、どうってことないような平均的なジャズ・ピアニストのトリオ作品は、個人的にどんどん遠くに行きつつあるのだが、それでもたまには思い起こし引き出して聴いてみようっと。
それにケニー・ドゥルーは平均的とはいえ、個人的にちょっと記憶に残っている忘れじのモダン・ジャズ・ピアニストなんだよね。ケニー自身のリーダー作は、今日話題にしたいリヴァーサイド盤『ケニー・ドゥルー・トリオ』と、渡欧後のやはりトリオ作『ダーク・ビューティ』しか CD では買っていないが、サイド・マンとしてなんだか印象のある人なんだ、僕にはね。
『ケニー・ドゥルー・トリオ』に関連してこういうふうに言えばだいたいのみなさんがおわかりのはず。そう、翌1957年にジョン・コルトレインがブルー・ノートに録音した『ブルー・トレイン』のリズム・セクションにそのままなったのだ。トレインのブルー・ノート盤は、もちろんこれ一枚だけ。
すなわち、ケニー・ドゥルー(ピアノ)、ポール・チェインバーズ(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)。だから1956年当時だと、後者二名はマイルズ・デイヴィス・クインテットのレギュラーだった。
そのほかこの編成のトリオじゃなくてもケニー・ドゥルーひとりでいろんなジャズ・ホーン奏者の伴奏をやっているもののなかで、個人的に思い出があるアルバムってのがいくつかあるんだよ。そんなわけで、ケニーのことは、腕前とかスタイルとかは格別のものじゃないと思うけれど、ちょっと頭の隅にひっかかっている。
1956年のリヴァーサイド盤『ケニー・ドゥルー・トリオ』。全八曲のうち、いちばんいいなと僕が感じるのは3曲目の「ルビー、マイ・ディア」だ。ご存知セロニアス・モンクの書いたチャーミングなラヴ・バラード。ここでのケニーのレンディションがなかなかいいと思うよ。僕は好きだ。
これははっきり言ってしまえばケニー・ドゥルーら三人のおかげというよりも、モンクのコンポジションが抜きん出て素晴らしいので、ふつうに失敗なくやればちゃんと聴けるいい出来栄えになってしまうという、そういう曲だ、モンクがえらいと、そういうことなんじゃないかと僕は思っているのではあるけれど。
しかしこのことは裏返せば、ケニー・ドゥルーら三名はモンクの書いたこの「ルビー、マイ・ディア」の持ち味を殺さず、つまり解釈しすぎずこねくりまわさず、ストレートにそのまま演奏しているということの証左でもあるよね。ときどきそうやってひねりすぎて原曲の味を殺しちゃう音楽家もいるじゃない?そう考えるとケニーもやっぱり凡庸じゃなくて一流なのか。
アルバム『ケニー・ドゥルー・トリオ』を聴くと、3曲目のモンク「ルビー、マイ・ディア」が図抜けて素晴らしく、ほかの演奏曲は、う〜ん…、やっぱりふつうなのかなあ。ごくごく普通のモダン・ジャズのピアノ・トリオだ。ってことは、ストレートに演奏するケニーらがやってこうなっているということは、モンクの曲以外は、コンポジションとして格別のものじゃないってこと?
そんなことないよ。1曲目はデューク・エリントン(実質的にはたぶんファン・ティゾルが書いた)「キャラヴァン」、2曲目「カム・レイン・オア・カム・シャイン」、有名スタンダードはほかにも5「テイキング・ア・チャンス・オン・ラヴ」、ディズニー・ソングの6「星に願いを」、ナット・キング・コールでも有名な8「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」とある。
もとはジャズ・オリジナルである「キャラヴァン」も、アフロ・キューバンを装ったあの独特の無国籍エキゾティズムがあって、ここでのケニー・ドゥルー・ヴァージョンだって悪くない。ただ、エリントン本人を含めジャズ・メンはしばしばそうだけど、せっかくのこんな魅惑的なビートを持つ曲を、アド・リブ・ソロ演奏部ではストレートな4/4拍子にしちゃうのが、個人的には残念。大学生のころから、いろんな(ラテン・)ジャズ・ソングについて、ずっとそう感じ続けてきている。なぜ全編ラテン・ビートのままやらない?
それでもこのケニー・ドゥルー・ヴァージョンでもフィリー・ジョー・ジョーンズなりにがんばってはいるよね。それとケニーのピアノ・タッチはまさに精緻だ。大半シングル・トーンで弾き、ときおりブロック・コードを混ぜるけれど、破綻がなく正確無比。precise という英単語がピッタリ似合うピアニスト。そこがケニー最大の美点だね。
2曲目「降っても晴れても」。ところで念のために。同じくスタンダードの「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」にしてもそうなんだけど、こういった曲はたんに気象のことを言っているんじゃない。心象というか、「降っても晴れても」とは、どんなときでも、たとえどんなことがあっても(あなたのことを愛し続けます)というプロポーズ・ソングみたいなもの。逆に「あの雨の日が」っていうのは、あのまさかのときがまた来てしまった、つまりロスト・ラヴ・アゲインってことだ。
ケニー・ドゥルー・トリオは、「降っても晴れても」のテーマ演奏部でリズム・パターンをちょっと工夫してあるよね。三拍子を混ぜている。ソロ部はやっぱりどうってことないんじゃないかな。ブロック・コードでケニーが弾くテーマ部がチャーミングだ。ソロ部ではややブルーズっぽく弾いている。フィリー・ジョーはブラシでやっているが、このドラマーもブラシがうまい。
ブルーズっぽく弾くで思い出したが、このリヴァーサイド盤には一曲、ストレートな12小節定型ブルーズがあるよね。7曲目の「ブルーズ・フォー・ニカ」。ニカはジャズ・ファンならみんな知っている女性ジャズ・パトロン。ニカはパノニカなので、あのひとの書いたあの曲も、それもこれも、ニカへのオマージュだ。
「ブルーズ・フォー・ニカ」で弾くケニー・ドゥルーはさすがのうまさだけど、ジャズ・ブルーズのピアノ演奏として特段すぐれているのかというと…、う〜ん、ふつうだけど、でもかなりいいよね。ポール・チェインバーズのベース・ソロもマジでいいなあ。いつもどおりだけどね。
ところで、この「ブルーズ・フォー・ニカ」はテーマ部が2/4拍子でソロ部が4/4拍子なんだけど、気のせいか6/8拍子(ハチロク)のブラック・ミュージック・ビートを内包しているかのように聴こえることがある。そういったものを聴きすぎな僕の耳がアホになっているのかな?つまりですね、ピアノでやるジャズ・ブルーズの世界では、あの1940年の「アフター・アワーズ」(エイヴリー・パリッシュ)の影響が後年までずっとかなり濃くあると思うんだけど、違う?
キューバのエルネスト・レクオーナが書いた「シボネイ」を知るまでは僕の最愛好ポップ・ソングだった「星に願いを」(ディズニー映画『ピノキオ』)。ナンバー・ワンが「シボネイ」になったいまでも、やっぱりこの曲のどんな演奏を聴いても、あの映画のあの場面が浮かんできて、どうか願いが叶いますようにと、そう思うと泣きそうだ。
ケニー・ドゥルー・トリオもあくまできれいにリリカルに、この「星に願いを」を演奏している。フィリー・ジョーはここでもブラシ。途中でテンポ・アップして倍速になり、その後またきれいに終わる。ケニーのプリサイスなタッチが見事に活きている。最終盤でポール・チェインバーズが(僕の苦手な)アルコ弾きをやるのも、ここでは美しく聴こえる。
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