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2018/05/31

ジェリー・ロール・モートンの最初期バンド録音

 

 

マイルズ・デイヴィスのキャピトル盤を意識してつけられたアルバム題であるジェリー・ロール・モートンのバンド編成最初期録音集『バース・オヴ・ザ・ホット:ザ・クラシック・シカゴ・レッド・ホット・ペパーズ・セッションズ 1926-27』(RCA、1995)。このタイトルはリイシュー・プロデューサーのオリン・キープニューズが考案したもの。オリジナルの SP レコードはヴィクターから発売された。だからどうしてジャケットにブルーバード(の発足は1932年)の文字とロゴが見えるんだろう?

 

 

モートンのこの『バース・オヴ・ザ・ホット』は全23曲で、1926/9/15、1926/9/21、1926/12/6、1927/6/4、1927/6/10という五回のセッションの記録。末尾の20〜23曲目は別テイクで外して問題ない内容。18、19曲目はトリオ編成のシンプルなもので、モートンの作編曲者としての卓越した能力を示すものではないので、これも除外。

 

 

すると『バース・オヴ・ザ・ホット』は1〜17曲目のヴィクター録音でオーケーでっか?ということになるのだが、問題は上でリンクを貼った Spotify にあるやつだ。どうしてグレイ・アウトしていて聴けない曲があるんだろう?肝心要の1曲目「ブラック・ボトム・ストンプ」がダメっていうテイタラク。しかしそれらはパソコンだとあまり問題なく聴ける。スマホのほうでだけ聴けない曲があって、櫛の歯が抜けたような状態になっている。こういうことって、ほかのひとのほかの作品でもときどきあるんだけど、どういうことですか、Spotify さん?

 

 

 

(2018/5/31 0:35追記)いま確認したらスマホでも聴けます。記事を書いたときとは状態が違っています。これもよくわかりません。

 

 

まあいい。それにしてもこの1920年代後半のヴィクター原盤って音がいいよなあ。当時のオーケーやデッカやブランズウィックなんかよりずっといい。1926年録音でここまでコントラバスの音がお腹にズンズン来る響きで鮮明に聴こえるなんて、まずありえない。それからジョージ・ミッチェルってかなりいいコルネット奏者だ。最大のビックリは、なんたってこの当時こんなジャズ・バンド・アンサンブルを書けた人物はほぼいないってこと。ジェリー・ロール・モートン以外にはドン・レッドマンとデューク・エリントンだけじゃないか。

 

 

レコード録音史だけで正確に言うと、ドン・レッドマンがフレチャー・ヘンダスン楽団であの不変(普遍)のアレンジ手法を確立したのは1925年5月29日録音の「シュガー・フット・ストンプ」のあたりだと僕は考えているので、モートンよりもすこし早い。

 

 

 

デューク・エリントンのほうは、1926年11月29日録音をもってスタイルの完成とするのが僕の見方だから、デュークよりはモートンのほうが先だ。

 

 

 

ってことは、ジェリー・ロール・モートンのばあい、バンド編成での初録音だった1926年9月15日の最初の一曲「ブラック・ボトム・ストンプ」ですでにこの見事なジャズ・バンド・アンサンブルを確立しているので、録音史だけで言えば、ジャズ界ではドン・レッドマンに次いで二番目に出現したグレイト・コンポーザーだ。

 

 

しかし!これはあくまでレコード化されて現在でも聴けるものだけに限定して判断したばあいということであって、各種文献によればモートンはもっと早くにこんな作編曲技法を完成させていて、「ブラック・ボトム・ストンプ」みたいな演奏はやっていたとのこと。たしかにそうに違いないと納得できるものが、この話にはある。

 

 

というのはモートンの代表曲である、かの「キング・ポーター・ストンプ」。スウィング時代のビッグ・バンド定番曲になったこのモートンの曲を、バンドで最初に録音し後世の範となったのがフレッチャー・ヘンダスン楽団による初演で、それは1928年録音のレコード。ヘッド・アレンジメントとの記載だが、同楽団ですでに立派な成果を出していたドン・レッドマンの編曲スタイルを参考にしたものだろう。

 

 

「キング・ポーター・ストンプ」は、ジェリー・ロール・モートンが1923年にソロ・ピアノ録音のレコードを発売しているんだよね(ジュネット原盤)。(ネットでもフィジカルでも)リイシューされているのでだれでも聴ける。それを踏まえた上でフレッチャー・ヘンダスン楽団ヴァージョンを聴くと、ソロ・ピアノで演奏したモートンのものを明らかに下敷きにしているんだよね。

 

 

モートン自身だって、最初はソロ・ピアノの録音機会しか与えられなかったが、同時にバンドを率いて生演奏はどんどんやっていた。「キング・ポーター・ストンプ」という曲をいつごろ書いたのか不明だが、バンド・アレンジとソロ・ピアノのどっちを先に念頭に置いて作曲したのか、微妙なんじゃないかなあ。そのほかモートンはたくさん曲を書き、特にニュー・オーリンズを離れて以後はバンドでも演奏していた。

 

 

モートンは最初ニュー・オーリンズのストーリーヴィルで娼家おかかえのソロ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせたひとではあるけれど、ニュー・オーリンズのジャズは根源的にホーン・アンサンブル・ミュージックだ。ソロ・ピアノ演奏は、バンド・サウンドを(仮想的にでも)念頭に置いて移植したという可能性があるよ。

 

 

こんなふうに考えてくると、バンド・アレンジャーとしてのレコード録音機会ではドン・レッドマンのほうが早かったけれど、実はジェリー・ロール・モートンのほうが先に、あんなバンド・アレンジ手法は編み出していたというこの可能性は、音源で確と実証できないだけで、かなり高いと思うんだ。ひょっとしたらジェリー・ロール・モートンこそ、ホットなジャズ・アンサンブルの発明者だ。自称だけの話じゃない。

 

 

話をジェリー・ロール・モートンのバンド初録音にして最高傑作の「ブラック・ボトム・ストンプ」に戻そう。Spotify では『バース・オヴ・ザ・ホット』じゃない別なアルバムで聴けるのでご紹介しておく。1926年9月16日のシカゴ録音。モートンのピアノのほか、ジョージ・ミッチェル(コルネット)、キッド・オーリー(トロンボーン)、オマー・シメオン(クラリネット)、ジョニー・セント・クレア(バンジョー)、ジョン・リンゼイ(弦ベース)、アンドルー・ヒレア(ドラムス)。

 

 

 

1926年録音にしてはあまりの好音質にもビックリするが、それにしてもすんごいスウィング感だよねえ。しかも緻密きわまりないアレンジのデリケートさとエレガンスだ。アンサンブル部分とソロ部分とのバランス、アンサンブル部分の音の重ねかた、どの部分になんの楽器のソロをどのくらいの長さではめ込んで、曲全体として整って美を放つように聴こえるか 〜〜 それらすべて計算され尽くしている。各人のソロもいい。特に、上でも書いたがジョージ・ミッチェルのコルネットが見事すぎる。

 

 

ところでジョージ・ミッチェルもニュー・オーリンズの出身で、これが1926年9月のシカゴ録音だから、エッ?と思われるかもしれないが、実は出身地でキング・オリヴァーとルイ・アームストロングから多大なる影響をこうむったイミテイター的存在。特に初期サッチモのスタイルに酷似しているよね。

 

 

モートンのバンドはいちおうニュー・オーリンズ・スタイルのジャズをやったということになっているが、大きな違いもある。ニュー・オーリンズ・ジャズは、基本、集団即興(といっても同じ曲なら毎回演奏パターンは同じ)なのに対し、モートンのバンドには、上の一曲だけお聴きでもおわかりのように、譜面化されたアレンジメントがある。

 

 

こんな複雑精緻な演奏は、譜面があってそれにもとづいてリハーサルやテイクを重ねないと不可能だ。しかもすぐれたコンポジションはどんな音楽の世界でもそうであるようにモートンの音楽も、そういうやりかたで完成品になったにもかかわらず、あたかも計算されていないスポンティニアスな即興演奏に聴こえるイキイキ感があるよね。

 

 

そんなバンド・アレンジ手法をジャズ界ではじめてやったのがジェリー・ロール・モートンだったかもしれないんだから、その可能性は十分あるんだから、っていうかたぶんそうに違いないんだから、たくさんのエピソードが物語るように自尊心と自己顕示欲のかたまりみたいなイヤなやつだったけれど、モートンの意義や重要性は最大限に強調しておかないといけない。

 

 

もう二点だけ書いておく。モートンの『バース・オヴ・ザ・ホット』で聴ける曲のなかには、ノヴェルティ・ナンバーとラテン・タッチがある。前者はときにアニマル・ノヴェルティだったりもする。Spotify にある『バース・オヴ・ザ・ホット』をスマホで見たばあい、12曲目の「ハイエナ・ストンプ」が聴けないが、次の「ビリー・ゴート・ストンプ」は大丈夫だ。昨年大晦日にも記事にしたが、初期ジャズにはこういうの、けっこうあるんだ。アニマルじゃなくても、モートンの1926年初回セッションにだってすでに一つある。もはや珍奇と呼ぶのもおかしい。

 

 

 

モートン自身は Spanish tinge と呼んだラテン・タッチ。具体的にはっきり言えばキューバのアバネーラふうに跳ねるものだけど、バンド録音集『バース・オヴ・ザ・ホット』にも二曲ある。これはどっちも Spotify の『バース・オヴ・ザ・ホット』で聴ける9曲目の「オリジナル・ジェリー・ロール・ブルーズ」と17曲目の「ザ・パールズ」。

 

 

これら二曲とも、もっと早くにソロ・ピアノで録音しジュネット原盤でレコード発売されているのがリイシューされている。「ザ・パールズ」が1923年、「ジェリー・ロール・ブルーズ」が1924年の録音。「真珠」のほうはライ・クーダーがカヴァーした。

 

 

 

 

おわかりのようにアバネーラふうなラテン・タッチは左手のシンコペイションとなって表現されているよね。バンド演奏ヴァージョンではもっとストレートな2/4拍子のリズムだけど、「オリジナル・ジェリー・ロール・ブルーズ」も「ザ・パールズ」も、中間部で鮮明なアバネーラに変貌する。前者ではその部分でパーカッション(これはなんだろう?カチャカチャっていう音)が入り、後者ではブレイクのあとチューバに導かれてのアンサンブル部がカリビアン・ビートだ。ヨーロッパの舞踏音楽ふうでもある 3:05 〜 3:07 のアンサンブルにも注目してほしい。

 

 

「ジェリー・ロール・ブルーズ」のほう。ソロ・ピアノ・レコードの二年後録音のバンド演奏ヴァージョンに「オリジナル」の名が冠されているのを見ると、やはり上で書いたように、モートンの曲はまずホーン・アンサンブル・ミュージックとして考案されたのが原型で、ソロ・ピアノ演奏はそれを転写したものだっていうことなんじゃないのかなあ。

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