バイーア生まれ 〜 メシアス・ブリット
いいショーロって、晴れた日の朝イチに聴く音楽としても格好のものだと思うけれど、メシアス・ブリットのデビュー作『バイーアナート』(2014)もそのひとつ。以前、カヴァキーニョ独奏による2017年の新作『カヴァキーニョ・ポリフォーニコ』のことは書いたけれど、ほ〜んといいカヴァキーニョ奏者が出てきたよねえ。
『バイーアナート』のほうは、少人数のティピカルなショーロ・コンボ(って言わないけれど、ブラジルでは)編成でやっている。基本、メシアスを含む二、三人の弦楽器奏者+パンデイロって感じ。弦楽器はたいてい7弦ギター奏者がいて、ほかにリズム役のカヴァキーニョ奏者や6弦ギター奏者や、あるいはテナー・ギター奏者が参加している曲もある。ピアノとアコーディオンが参加するものが一つずつ。
アルバムにぜんぶで十曲あるものは、二つを除きメシアスの自作だ。その二つは3曲目、フェルナンド・メネーゼス(同郷サルヴァドール出身)の「エンカンタード・コン・メシアス」と、4曲目、セヴェリーノ・アラウージョの「エスピーニャ・ジ・バカリョウ」。前者はメシアスのこのデビュー作のためにこの友人が用意したものなんだろう。
アルバム全体で「これぞメシアス登場!」と宣言せんばかりのカヴァキーニョ技巧を披露するものが多く、軽快にかっ飛ばすものは、マジで鬼すごい。こんな早弾き、カヴァキーニョなんだからなあ。少人数のショーロ編成アンサンブルのなかを疾風のごとく駆け抜ける高速パッセージを、しかも正確に弾く。
どの曲がそうだと指摘する必要もない。CD がなくとも上の Spotify にあるものでお聴きいただきたい。1曲目からエンジン全開で、こ〜りゃビックリするよねえ。ややテンポを落とした2曲目のアルバム・タイトル・ナンバーもそうだし(やはりバイーアのリズムっぽい)ね。
8曲目「アルマンド・セード」はフレーヴォかな。続く9曲目、アコーディオンの入る「タトゥ・エ・エウ」はバイオーンのリズムを使ってある。ほかにも似たような(バイオーンふうの)曲があるように思う。ショーロのなかにフレーヴォとかバイオーンとかあるのはべつに珍しいことじゃないだろうけれど、ブラジル北東部出身だというメシアスのバックグラウンドを表現してもいるんだろう。
それらの高〜中速ナンバーでのメシアスのカヴァキーニョは、本当に目を見張るほどスゴい。たんに細かい高速パッセージを正確に弾けるというだけでなく、一個一個の音がきれいだよ。音粒が立っている。しかも整ってよく歌うフレイジングだ。いいなあ、これ、ホント。
しかし僕がもっと感銘を受けるのは、スローな(バラード調の)曲。それらではメシアスは弾きまくらない。テナー・ギター入りのトリオでやる5曲目「アイ・オ・ティーニョ」、ピアノ入りトリオの6曲目「ア・フロール・ナスシウ」、多重録音も使ったトリオ編成の7曲目「プラ・ディオニシオ・ショラール」がそう。
特に6曲目のピアノといっしょにやる曲がマジできれいだ。本当にいい。この清涼感のある落ち着いたピアノはだれが弾いているんだろうと見ると Makiko Yoneda とクレジットされている。日本人かな?と思うと、どうやら米田真希子というピアニストらしい。僕ははじめて知ったけれど、現在サン・パウロで音楽活動をしているとのこと。
米田のピアノとメシアスのカヴァキーニョのデュオ(じゃなく、7弦ギタリストもいるけれど)で進むこのバラードは本当に美しい。アルバム『バイーアナート』を聴いていて、いつもここで立ち止まり、リピートしちゃうんだよね。ピアノとカヴァキーニョのユニゾンで進むパートもあるが、ピアノ伴奏の上でメシアスが歌っている部分に聴き惚れる。米田のピアノもツボを押さえた見事なものだ。
この5〜7曲目のしっとり系三つは、アルバム『バイーアナート』のなかでも特別輝いているように僕には聴こえる。高速疾走ナンバーは胸のすくような爽快感だけれど、そしてそういったものでカヴァキーニョ技巧を披露してデビューを飾ろうっていう意図の作品だろうけれど、5〜7曲目の連続バラードで構成する中盤が、僕にとっては楽しく美しい。
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