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2018/05/17

アレクサンドリア・ザ・グレイト

Unknown

黒人教会音楽の影響が言われる女性ジャズ歌手ロレツ・アレクサンドリアだけど、ことインパルス盤『ザ・グレイト』(1964)にかんしては薄いような気がする。粘っこいアクみたいなものがなく、もっと小粋で軽快にスウィングし、かつ丁寧に歌いこんでいるよね。そして原曲の歌詞をとても大切にしていることも、聴けばわかる。

 

 

これもしかしむかしの僕はレコードの A 面しか聴いていなかったような気がする。だって完璧なんだもんね。ラストの「オーヴァー・ザ・レインボウ」を聴き終えたらすっかり満足しちゃって、そこで終わっていた。でも CD リイシューされてから(意識的に)旧 B 面分も続けて聴いたら、かなりいいじゃんね。

 

 

ロレツの『ザ・グレイト』全十曲はどれもよく知られたスタンダードばかり。それが伴奏陣の編成で二つに分かれている。オーケストラ演奏をバックにしてミュージカル『マイ・フェア・レイディ』からの有名曲を歌った三つと、ほかの七曲はウィントン・ケリー・トリオ(三曲はプラス2)のスウィンギーな伴奏で、やはり有名曲を歌う。

 

 

インパルス盤ロレツのもう一枚は Spotify にあって、でもそれは『ザ・グレイト』の続編なんだから、どうして『ザ・グレイト』がないのか不思議なんだけど、なんと Apple Music にはどのレーベルのどの一枚もロレツは存在しない。過小評価の極みのようなジャズ歌手なんだよなあ。そんなわけで今日話題にしたいこのアルバムは、曲目一覧を書いておこう。

 

 

1 Show Me

 

2 I've Never Been In Love Before

 

3 Satin Doll

 

4 My One And Only Love

 

5 Over The Rainbow

 

6 Get Me To The Church On Time

 

7 The Best Is Yet To Come

 

8 I've Grown Accustomed To His Face

 

9 Give Me The Simple Life

 

10 I'm Through With Love

 

 

言うまでもなく、1、6、8が『マイ・フェア・レイディ』からの歌。僕の趣味嗜好だと、どうしても8曲目の曲題と歌詞が Her ではなく His になっているのが気になって。以前から繰り返すように対象の性別変更だ。女性歌手だから His になっているんだけど、もとのミュージカルでどんな場面だったかがわかりにくくなっちゃわないかなあ。ならないのか…。

 

 

でもそれだけ目をつぶれば、ロレツの歌もビル・マルクスの書いたオーケストラ・アレンジもいいし、ヴィクター・フェルドマンのヴァイブラフォン・ソロだってグッド。でも『マイ・フェア・レイディ』からの歌なら、ほかの二曲のほうがもっといい。

 

 

6曲目「時間どおりに教会へ」は、もとからユーモラスな感じのある曲だからなのか、ロレツも軽妙な感じで歌っているし、ビル・マルクスのオーケストラ・アレンジもそんなペンで、いいね。大編成にもかかわらず、ロレツの歌いかたは、まるでスモール・コンボをしたがえているかのようなフィーリングで軽くこなしている。それに、だいたいこの曲が僕は大好きなんだ。フルートはバド・シャンク。ピアノがやはりフェルドマンで、ドラマーは(全曲)ジミー・コブ。

 

 

 

1曲目「ショウ・ミー」はもっといい。私見ではロレツのこの『グレイト』でいちばん出来がいい、おもしろいと思うのが「ショウ・ミー」と、5曲目の「オーヴァー・ザ・レインボウ」だ。愛しているなら見せてと迫る歌詞も、その歌い込みかたも素晴らしい「ショウ・ミー」では、まずワルツ・タイムでゆったりとはじまるが、途中でパッとテンポ・アップしてスウィンガーになる。

 

 

 

そしてこの「ショウ・ミー」最大の聴きどころは、その中間の快活なパートも終わってスローな三拍子に戻り、その後テンポ・ルパートになる終盤部のカデンツァだ。3:31から。その最終盤パートでのロレツの節まわしがおもしろい。元歌詞のなかからフリーに抜き出しているんだけど、"make me no undying vow" とか "shoooowww meee nooow" のあたりとか、かなり粘っこくグリグリとコブシを回している。それはアメリカ黒人ゴスペルのものというより、まるで日本の伝統芸能のそれに近いようなフィーリングじゃない?新内節みたいだというひともいる。

 

 

こんなネチっこいフレイジングは、ロレツの『ザ・グレイト』ではここだけ。だからこの歌手の持ち味というよりも、オーケストラ・アレンジといっしょにビル・マルクスがヴォーカル・アレンジもやったんだという可能性がすこしあるかも。う〜ん、ホントちょっと上の YouTube 音源を聴いてみて。アメリカ人ジャズ歌手でこんな節まわしって、ほかで聴けるかなあ?そのカデンツァ部分前後のバンド・サウンドもいい(歌のあいだは無伴奏)。

 

 

つまりここでの「ショウ・ミー」は4パートになっていて、こんなふうにドラマティックな展開を聴かせるあたり、プロデューサーのボブ・シールがアルバム・オープナーに持ってきたのはとてもよくわかる。大学生のころの僕は、このアルバム・オープナーの「ショウ・ミー」だけでつかまれてしまった。ロレツというとこれがいまでも浮かぶほど、好きだ。

 

 

ロレツのアルバム『ザ・グレイト』でのもう一つの白眉、5曲目「オーヴァー・ザ・レインボウ」。ちょっとまず音源からご紹介しておく。説明前にまず聴いていただきたい。

 

 

 

どうです?出だしでヴァースみたいにして歌っている部分は「オーヴァー・ザ・レインボウ」じゃない。このスタンダード・ナンバーにヴァースはもとから存在しないんだ。この曲の初演はジュディ・ガーランド主演のミュージカル映画『オズの魔法使い』(1939)↓

 

 

 

ロレツがヴァース代わりに歌っているのは別な曲で、アーサー・ハミルトンが書いてペギー・リーが歌った「シング・ザ・レインボウ」。映画『ピート・ケリーズ・ブルーズ』(1955)からの一曲↓

 

 

 

つまり "虹" つながりってことで、だれのアイデアか、ロレツの発想なのか、わからないが、くっつけたんだね。これが最高にチャーミングな演出になっていると思わない?僕はかなり好きなんだけどね。メイン・パート部分も含め、伴奏のウィントン・ケリー・トリオがいい仕事ぶり。ウィントンは1950年代にダイナ・ワシントンの歌伴もやっていて、手慣れたものなんだ。

 

 

"blueee, uee, uee, birds fly" 部分とか、その他ワン・フレーズの末尾を微妙に変えて伸ばしたり、フレーズ途中でも陰影をつけたりなど、ロレツの丁寧で、ちょっと凝った、そして粋な歌詞の扱い、歌わせかたも聴かせるものがある。歌詞の意味をこんなに沁みるように歌いこんだ「オーヴァー・ザ・レインボウ」はなかなかないよ。素晴らしい。「そこでわたしを見つけて」。

 

 

そしてこのロレツ・ヴァージョンの「オーヴァー・ザ・レインボウ」も、終盤部でやはりフリー・リズムになるカデンツァみたいなものが仕立ててあるよね。ウィントン・ケリー・トリオが伴奏でも、オーケストラとやる「ショウ・ミー」と同じようなエンディング・アレンジになっているってことは、こういうのはロレツ本人か、ボブ・シールの着案だったのかなあ。

 

 

そのカデンツァ部分では「鳥たちは飛ぶんだから、わたしだって虹を超えて飛べるわよね」(I know the birds fly over the rainbow, why, then, oh why can't I fly over the rainbow?)と歌っているが、ここはジュディ・ガーランドやその他の歌手が歌うオリジナル・リリックにはない。いや、あるのだが、変えてアレンジして言葉を足し、ロレツの独自歌詞を組んでカデンツァにしている。歌い終えてのウィントン・ケリーの転調で終わるのも効果的。

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