ヤプラック・サヤール、待望のソロ第一作
2018年5月4日にデジタル・リリースされたヤプラック・サヤール(トルコ)のソロ・アルバム『Caz Musikisi』。このかたのソロ・デビューを、どれほど首を長くして待ちわびていたことか。そういう音楽リスナーは多いはず。アラトゥルカ・レコーズによるオスマン古典歌謡曲集の二枚組二つ『Girizgâh』『Meydan』で、僕もヤプラックに惚れた。
しかしヤプラックのソロ・デビュー作『Caz Musikisi』は、古典歌謡集ではない。少なくともストレートなそれではない。これはジャズ・アルバムだ。メイン・ストリームなジャズ・ナンバーが中心で、ボサ・ノーヴァもあり、またなかには古典歌謡みたいなものだってあるのだが、衣は10曲すべてジャズのそれだ。
まず1曲目「Gül Açılsın Dudağında Gülüver」のイントロ弾き出しだけでも、それはわかるはず。ピアノ+コントラバス+ブラシでやるドラムスの演奏による、ムーディなモダン・ジャズじゃないか。そこにチェロがからみ、ヤプラックが歌いはじめてからは、やっぱりその歌の中身は古典歌謡かな?と思わせるものがあるが、全体的に都会のナイト・クラブで聴いているようなジャズじゃないか。
そもそも、このアルバム『Caz Musikisi』の収録曲はひとつも知らない僕なので、むかしからある古典曲をこんなにジャジーにアレンジしたのか、それともこの新作用のニュー・ソングなのか、ぜんぜんわからないが、とってもムードのあるジャズ・フィールで、聴いていると、そういえばジャズ・マナーとオスマン古典歌謡は相性いいのかも、と思えてくる。
アラトゥルカ・レコーズによる古典歌曲集では、あくまで歌にだけフォーカスしていたので、楽器演奏は完全なる脇役でソロもなし。だがヤプラックの『Caz Musikisi』では、ジャズ・マナーらしい楽器ソロがふんだんにちりばめられていて、楽器ソロ部分は完璧なジャズ。オスマン古典歌謡の趣はゼロだ。
1曲目「Gül Açılsın Dudağında Gülüver」にはピアノと(短い)チェロのソロがあり、どっちもジャジー、というかジャズだ。完璧なるボサ・ノーヴァにアレンジされた(ヤプラックがボサ・ノーヴァを歌うなんて!)2曲目 Uyusam Dizlerinde Ilık Yaz Geceleri (Ilık Yaz Geceleri)」ではコントラバスのソロ。
ボサ・ノーヴァはこのアルバムにもう一曲あって、ラスト10曲目「Lütfen」がそう。2曲目ほど強いブラジリアン・テイストじゃなく、ジャズ方面に傾いているけれど、軽いボサ・ノーヴァ・リズムに乗って、メロディをヤプラックとチェロがユニゾンしたりするあたり、とてもいい。ここでもピアノ・ソロがあるが、モダン・ジャズのピアニストじゃないだろうか?アルバム全体も。
ビッグ・バンド・ジャズにアレンジされた3曲目「Kara Kız (Kaşların Ne Güzel Kara Kız)」は、第二次大戦前からあるような王道のストレート・ジャズだ。ホーン群はどうもたぶん生楽器演奏じゃないかと思う。リズムにこんな感じのラテン・ニュアンスがあるのも、ジャズではふつうのことだ。トランペット、テナー・サックス、トロンボーンと三人の管楽器ソロとあわせ、ごく短くドラムス・ソロも入る。こ〜りゃぁ、どこからどう聴いてもジャズ!
4曲目「Sıra Dağlar Mordu Sular Kırmızı」の後半で、しばらくのあいだリズム・パターンが変化してジャジーな雰囲気を出すシンコペイトする感じになっていたり(すぐに戻るけれど)。しかしこれまた古典歌謡ふうな5曲目「Sarı Gelin」には、なにか弦楽器(ウード?じゃないよねえ?)のソロがあるけれど、それはジャジーじゃない。伴奏リズムはジャズ・スタイルかもしれないが。
6曲目「Yemenimin Oyası」のリズムもラテン・ジャズ・タッチだったりするが、でも曲の旋律そのそのは古典歌謡のものだなあ。ケメンチェみたいな(?)擦弦楽器のソロにもジャジーなところはうかがえない。ドラマーはブラシを使っているけれどね。あ、そうそう、オスマン古典歌謡界では存在しえないドラム・セットが、このヤプラックのソロ・デビュー作『Caz Musikisi』ではアルバム全編で使われているんだよ。
これなんか、あの『Girizgâh』1曲目にソックリだと思う、ヤプラックのほうの7曲目「Yoksun Diye Bahçemde Çiçekler Açmıyor Bak」でもドラマーが、小さくだけど叩いている。カヌーンのソロも軽快でブライト・タッチでいいなあ。8曲目「Gel Ey Denizin Nazlı Kızı Nuş-i Şarab Et」も、ジャズ衣をまとった古典歌謡だ。
これら6〜8曲目あたりの古典歌謡ナンバー(じゃないかと思うけれど、それふうに仕立てたオリジナル曲かもしれない)を、ジャズ衣装を着て、アルバム・ジャケットどおりにジャズ・メイクを施して歌うときのヤプラックの声の輝きは、一段と素晴らしい。1〜3曲目のストレート・ジャズやボサ・ノーヴァな曲では、この女性歌手の持つ声の独特の重厚さと鋭さが、軽快に仕立てたアレンジと若干齟齬を起こしているのかな?と感じる部分がゼロじゃない。
9曲目「Bir Dalda İki Kiraz」はすごい。このヤプラックのアルバム『Caz Musikisi』では圧巻の一曲だ。ジャジーなラテン・リズムに乗って主旋律を歌い終えると、主役女性歌手はそのまま壮絶なスキャット・パートに入る。しばらく唖然としていると、続く楽器ソロ部分でフリー・ジャズに突入するもんね。それも古典歌謡の趣は残したままだ。
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