she sings like a jewel ~~ Iona Fyfe
宝石のような歌。そう言うしかないアイオナ・ファイフ(@ionafyfe)は、スコットランドのフォーク歌手。そのデビュー作『アウェイ・フロム・マイ・ウィンドウ』(2018)は、Bandcamp でダウンロード購入か CD 購入すればデジタルか紙のブックレットが附属し、それにすべての情報が記載されている。僕は CD で買ったけれど、すると来たメールに無料ダウンロード(CD を買わないばあいは有料)の案内があったのだ。CD 買ったら CD いらなくなるっていう、なんだかわからないが、うれしかった。
アイオナの『アウェイ・フロム・マイ・ウィンドウ』の全十曲は、伝承バラッドが七曲。他作のモダン・ソングが二曲(7、8)。アイオナの自作が一つ(9)。その自作の9「バンクス・オヴ・タイグリス」(チグリス川の土手)は、曲題でも察せられるとおりシリアほか中東情勢を歌い込んだもので、歌詞カードを眺めながらアイオナの歌を聴くと、とても直聴できないと感じるほど深刻で痛烈な内容の反戦歌だ。
情勢そのものがシリアスすぎるので、ということだろうか。こんな内容の歌は時代と地域と音楽の種類を超えたユニヴァーサルなものだけど、アイオナの「バンクス・オヴ・タイグリス」は、そのほかの九曲とうまく溶け合って、身近な内容を歌った伝承バラッドや、子守唄を含むモダンなパーソナル・ソングに社会的普遍性を持たせることに成功している。
また、アルバム全編が生楽器伴奏によるものであるのに対し、「バンクス・オヴ・タイグリス」でだけコンピューターによるデジタル・サウンド(のみ?)が用いられていて、ブックレットにはプログラマー名も明記されている。伝承バラッドのアーカイヴ化に際してもコンピューター・プログラミングを用いたとのこと。ブックレットの曲目解説各項に、アイオナがその歌をだれそれのシンギングから学んだと記載されているように口承で(直接)学んだという部分と、うまく融合させているんだろう。
アルバム『アウェイ・フロム・マイ・ウィンドウ』全体で僕がいちばん強く感じるのは、アイオナの天賦の才としか思えない歌声の美しさ、透明感だけど、もっと深い印象を残すのが、その際立つ強さだ。声そのものに強さがある。しかし同時にやわらかい。そんなようなアイオナの声は、彼女自身のフォーク歌手としての姿勢と一体化しているように思う。
たとえばアルバム3曲目「バンクス・オヴ・インヴァルーリー」にも典型的に表現されているが、男性に頼らず自立してひとりで孤独に生きていくという人間としての姿勢は、彼女自身インタヴューで語っているらしいが UK 女性フォーク・シンガーのジェンダー問題を表現したものだ。女性バラッド・シンガーは angel、good girl であるべきだ、それで静かな歌をやるべきだという従来型のステレオタイプは性偏見であると明言しているようだ。
そんなアイオナの姿勢が、アルバム『アウェイ・フロム・マイ・ウィンドウ』だと、3曲目「バンクス・オヴ・インヴァルーリー」だけでなく、全体を貫いていると聴こえるんだよね。鮮明な声の美しさ、強さ、張りなどは、そういった内面の考えかた、歌手としての姿勢から来ている部分も大きいと思う。
アルバムに七曲ある伝承バラッドは、複数ヴァージョンがミックスされてあるばあいもあるようだ。それが最もわかりやすいのは6曲目の「ボニー・アドニー」。この曲、最初、あれっ?これってアイオナの声じゃないよね?いや、こんなふうに声を変えて歌っているのかな?とよくわからなかったが、一分過ぎあたりまではだれかヴェテラン女性歌手のものを貼り付けてあるんじゃないかと思う(が、クレジットはない、自信もない)。
アイオナが歌うパートになってからも、後半はリズム・パターンが変化して(5:08から)、ギターが快活に刻みはじめ、表情が変化する。だから「ボニー・アドニー」は三部構成になっていて、個人的にはこの6曲目がアルバムでいちばん強く印象に残るもの。3パート目では(パイプなど)楽器伴奏も躍動的で見事だ。
同様にドラマティックな展開を聴かせるのが4曲目の「ザ・スウォン・スウィムズ」。ほかのほぼすべての曲と同じようにとても静かで落ち着いたフィーリングだけど、1:33 で "bonnie o" とサッと切るように(ギター・カッティングと同時に)アイオナが放った次の瞬間から細かいリズム・パターンが刻まれはじめ、そのほか賑やかめの楽器伴奏になり、バック・コーラスも入り、躍動的になる。パイプとフィドルも来てからは本当にすばらしい色彩感だ。
その後ラストの一分程度がふたたび静寂パートになるので、「ザ・スウォン・スウィムズ」も三部構成かな。これら二曲、4「ザ・スウォン・スウィムズ」、6「ボニー・アドニー」が、アルバムで特に傑出した白眉だと僕には聴こえる。ほかもぜんぶすばらしいけれど、個人的にはこれら二曲と、3「バンクス・オヴ・インヴァルーリー」、9「バンクス・オヴ・タイグリス」に、特に強く輝く宝石を聴く思いがする。
暖かく沁み入る子守唄である8曲目「アンド・ソー・ウィ・マスト・レスト」も心安らかになるし、あ、いや、アルバム全体を通して聴いているといつも落ち着いた気分になって、僕の内面のささくれ立ったところが削られ溶けて消えていくのを感じることができる。朝イチにも、午後の陽光下にも、夕暮れどきにも、深夜のベッド・タイムの前にも、アイオナの歌が姿と輝きの色を変えてフィットし、こちらの心情に寄り添ってくれる。
スコットランドの伝承バラッドとしては、1曲目「ギーズ・オヴ・タフ」、2「グレンルギ」、5「アウェイ・フロム・マイ・ウィンドウ」、10「ピット・ギア」あたりもティピカルなものだろうけれど、それらも聴きごたえのあるアイオナだけの歌になっているね。楽器演奏のリズムに乗って軽く体を揺らしてビートを刻みながら綴る、アイオナの強く美しい立ち姿が眼前にあるかのような思い。そんな声だ。
惚れちゃったなあ。
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