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2018/06/29

マイルズ・クインテットで料理する

 

 

マイルズ・デイヴィスがファースト・レギュラー・クインテットでプレスティジに録音した例のマラソン・セッション(1956/5/11、10/26)から誕生した四部作。『リラクシン』篇に続く二回目は『クッキン』篇。この順でぼくは好き。でもそれはかの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」があるからというだけではない。

 

 

ところで『クッキン』は、ほかの三枚と違って10月の録音だけで統一されている。だから、ジョン・コルトレインの成長とバンドの熟練度が上がっていて、音楽の完成度がいちばん高いものとされている。その世評に間違いはないとぼくも確信しているのだ。好みかどうかはまた別問題だけどね。

 

 

1曲目「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」がいいっていうのはあたりまえすぎる話でみんな言っているから今日は省略。でもこないだスラッシュ・メタル・バンド、テスタメントのギタリストであるアレックス・スコルニックの選ぶマイルズ10選の記事の際にも書いたけれど、途中でリズムがチェンジするところ。もっと注目されていいはず。

 

 

マイルズのばあい、しかしこれまた直接的にはフランク・シナトラの歌った1954年ヴァージョン(キャピトル盤『ソングズ・フォー・ヤング・ラヴァーズ』)を下敷きにしている。そのシナトラのやつが、2コーラス目のサビ部分でだけワルツ・リズムに変化しているのをアダプトしているんだよね。マイルズのは三拍子じゃないが、参考にしたのは間違いない。このことも注目されてほしい。

 

 

 

『クッキン』2曲目「ブルーズ・バイ・ファイヴ」。身もふたもない曲題だが、中身だってただの即興ブルーズで、作曲者がマイルズだとかなんだとか、まったく無意味だ。レッド・ガーランドがなんでもないふつうのブルーズ・リックを弾きだして、そのまま五人がソロをとるだけ。そう、このブルーズではクインテットの全員がソロをやる。

 

 

それにしてもこの「ブルーズ・バイ・ファイヴ」。かなり出来がいいよなあ。すくなくともぼくは大好き。マイルズのやった12小節定型ブルーズ演奏のなかでは一、二を争う出来のよさじゃないかなあ。一番が「フレディ・フリーローダー」(『カインド・オヴ・ブルー」)で。好みだけなら1955年の「ドクター・ジャックル」(『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』)が個人的 No.1 だけどねっ。あれはマジでいい〜んですよ。このことだってもっと注目されてほしい。

 

 

「ブルーズ・バイ・ファイヴ」でソロをとる五人のなかで内容がいちばんいいのはレッド・ガーランドじゃないかと思う。いやあ、この転がるような右手シングル・トーンの音色とそのフレイジングも絶妙にすばらしい。特にシングル・トーンでブルージーなフレーズを、4/4拍子に乗りながら三連符で反復するところ、グッとくるなあ。あそこだけでも満足できるほど。こういうのはあの「アフター・アワーズ」のエイヴリー・パリッシュ(1940)以来の伝統なんだ。この継承にもみんな注目して。

 

 

『クッキン』B 面2トラックの計三曲はぜんぶもっと前にマイルズ自身がプレスティジで録音したのが発売もされている。「エアジン」は1954年6月に作者のソニー・ロリンズといっしょにやったのが『バグズ・グルーヴ』にあり。これは有名だ。

 

 

 

「チューン・アップ」のほうは無名だけど、1953年5月にやったのが『ブルー・ヘイズ』に収録されている。以前記事にしたとおり、マイルズ作となってはいるが、本当はエディ・クリーンヘッド・ヴィンスンの曲である可能性が高い。エディはリズム&ブルーズ界にも片足入れていた。これも注目してほしいことだなあ。

 

 

 

ベニー・カーターの書いた「ウェン・ライツ・アー・ロウ」をマイルズがはじめて録音したのは、これまた『ブルー・ヘイズ』収録の1953年5月で、「チューン・アップ」と同じセッション。メンツはマイルズ、ジョン・ルイス、パーシー・ヒース、マックス・ローチ。

 

 

 

それら、聴き比べると、「チューン・アップ」は1956年ヴァージョンのほうがグッとシャープになっていていいね。ワン・ホーン・カルテットでやっている1953年ヴァージョンのほうもスムースで悪くないけれど、56年のはリズムに締まりがあって、しかもハードだ。スムースさよりも突っかかる感じがあるのもいい。特にフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミング。ドラマー次第で、トランペッターもバンド・サウンドも変貌する。

 

 

しかし、「エアジン」。こっちは『バグズ・グルーヴ』に入っているロリンズ参加の1954年ヴァージョンのほうがもっと楽しさが大きいんじゃないだろうか。曲の作者ロリンズの持ち味であるヒョコヒョコっと動くユーモラスさ(aka ファンキーさ)が強く出ているし、ピアノも同様の味を持つホレス・シルヴァーだしね。テンポだってそんなファンキーな滑稽味と(ナイジェリアふう?)エキゾティズムをうまく出しやすい塩梅だ。これ、注目されてるの?

 

 

比べて1956年『クッキン』の「エアジン」はテンポ・アップし、アレンジの基本線は1953年ヴァージョンを踏襲するものの、ハードになってユーモアは消えて、シリアス路線に転向している。マイルズらしいといえばそうだ。むろん56年の「エアジン」だって、これだけとりだせば立派な演奏に違いない。むかしのぼくは56年ヴァージョンのほうがずっと好きだったが、いまや逆。

 

 

「ウェン・ライツ・アー・ロウ」は、1953年のと56年のとで甲乙つけがたいように思う。ボスのリリシズムが56年ヴァージョンだともっと磨きがかかっていて、しかもこの曲題どおりの雰囲気を五人でよりうまく出せているような気がしないでもないけれど。56年ヴァージョンではサックス入りなのと、途中でリズム変化のアレンジがあるのだけで。う〜ん、この曲の演奏にかんしてはどっちも同じようなものだなあ。

 

 

ところで『クッキン』だと四つ目のトラックが「チューン・アップ」「ウェン・ライツ・アー・ロウ」の一つながりで1トラックになっている。言うまでもなく1956年10月26日のセッションでそのように連続演奏されたわけではない。レコードに収録発売時にそう編集されただけだ。チェンジするのは 5:40。

 

 

しかしながらこのつなげた編集がなかなか功を奏しているように思うんだよね。「チューン・アップ」はハード・ブロウ・ナンバーだから、それが終わった次の瞬間に「ウェン・ライツ・アー・ロウ」のおだやかでなごやかなムードが来るとホッとして、落ち着いてくつろげる。だから、この編集は正解だ。制作側の目論見どおりとわかっていて、あえてそれにハマっていく快感っていうものが、あるのかも。

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