楽しいね、マンハッタン・トランスファー
Spotify で聴けるマンハッタン・トランスファー入門というと、この『アンソロジー:ダウン・イン・ザ・バードランド』になる。1992年のライノ盤二枚組。僕はこれをフィジカルでは持っていない。僕の持つこのヴォーカル・グループの CD アンソロジーは2008年のライノ盤二枚組『ザ・ディフィニティヴ・ポップ・コレクション』だ。
どっちでもいい。だいたい同じような内容なんだから。みなさんとシェアできたほうがいいので、(自分ではフィジカルを)持っていないが、今日は『アンソロジー:ダウン・イン・ザ・バードランド』に沿って話を進めたい。
ところで同様の内容だとはいえ、『ザ・ディフィニティヴ・ポップ・コレクション』は曲のリリース順に並んでいるので、マンハッタン・トランスファーの変遷はわかりやすい。『アンソロジー:ダウン・イン・ザ・バードランド』のほうは聴いて楽しめるように並べた、ってことかなあ。一枚目と二枚目のラストがそれぞれ「トワイライト・ゾーン/トワイライト・トーン」と「バードランド」になっているのはわかりやすい。
やっぱりこの二曲こそがマンハッタン・トランスファーのシグネチャーってことなんだね。それで間違っていない。だからいいんだけど、以前から数回繰り返してきているが、昨日書いたキャッツ&ザ・フィドルとか、嚆矢だったミルズ・ブラザーズとかインク・スポッツ、また1930年代にたくさんあったジャイヴ・ヴォーカル・グループとか、第二次大戦後のドゥー・ワップ・グループなど 〜〜 そういったあたりを1970年代に復興したのがマンハッタン・トランスファーだってことを言いたいんだ。それが僕の見方。
ヴォーカリーズ路線もあるんだけど、それでもってやったジョー・ザヴィヌルの「バードランド」(歌詞はジョン・ヘンドリクスがあつらえた)がヒットして、ウェザー・リポートと共演する機会もあったけれど、あくまで僕の個人的な考えでは、すこし別なところに力点を置きたい。別ではないのかもしれない。ヴォーカリーズ手法は、ジャイヴ・ヴォーカルと一体だから。
『アンソロジー:ダウン・イン・ザ・バードランド』にも、古い(ジャイヴ・)ヴォーカル・ナンバーや、第二次大戦後にドゥー・ワップ・グループなどで歌われた曲や、新しいものでもジャジーなポップ・コーラス・ソングがたくさんあることにお気づきのはず。一枚目にある「トリックル・トリックル」「グローリア」「ハーツ・ディザイアー」「ジャーヴァ・ジャイヴ」「キャンディ」などなど。
マンハッタン・トランスファーはジャイヴ・ヴォーカルそのものはあまりやらない。ナンセンス・シラブルでわっ〜わ〜っとかどぅ〜わ〜っとか、そんなに頻繁には歌わないよね。キャブ・キャロウェイが大流行させ、その後の少人数ジャイヴ・バンドに引き継がれたああいったやりかたはあまりしない。ほぼいつもきれいな意味のある歌詞を歌う。
だけど、1970年代にジャズ界隈で本格デビューしたヴォーカル・グループとしては、かなり珍しいポップさと、一種の猥雑さ(があるかどうかはひとによって判断が分かれるかもだけど)というか、ユーモラスでコケティッシュな味があって、決してシリアス一直線ではないおふざけフィーリングを聴きとることができると、僕は思うんだけどね。そこが好き。
なかでも一枚目収録の「ジャーヴァ・ジャイヴ」がいい。インク・スポッツのヒット曲(1941)だけど、これを1975年にふたたびとりあげて、しかもこの冒頭のギターのパターンはインク・スポッツ・ヴァージョンをそのままやって、これはたんなるコーヒーLOVEを綴っただけの他愛のない歌詞で、しかも架空の日本人スパイ(ミスター・モト)も登場し、作詞の1940年当時のスラングもそのまま使って 〜〜 そんなこんなで再演しているのが、僕にはスペシャルなんだ。インク・スポッツのあのフィーリングも表現できている。
『アンソロジー:ダウン・イン・ザ・バードランド』二枚目収録の、デビュー・シングルだった「タキシード・ジャンクション」。アースキン・ホーキンズ楽団の曲(1939)だけど、マンハッタン・トランスファーは翌1940年のグレン・ミラー楽団ヴァージョンを下敷きにしている。これは早くから歌詞がついたので、いわゆるヴォーカリーズとは違う。1975年のマンハッタン・トランスファーは、あの1930年代末ごろのあんなビッグ・バンド・スウィングを再現できているよね。
1970年代以後の時代の感覚に合うようにモダンにアップデートしてあるかどうかは、僕にはよくわからない。たんなるレトロ趣味なだけかもしれないが、マンハッタン・トランスファーがあれだけ支持を集め人気ヴォーカル・カルテットになることができて、メンバー変更してなお2018年現在も存続していることを考えれば、いまでもウケる現代感覚があるのか、あるいは<あの時代>のあんなジャイヴィー・スウィングは、そのままやれば、いまも楽しい、おもしろい、たんにきれいだから、ということなのか、どうだろう?
三巻ある大部な『ザ・ドゥー・ワップ・ボックス』にだって収録されているマンハッタン・トランスファーだけど、このグループのやるドゥー・ワップ・ソングのことについて書いておく余裕がもうないね。ヴォーカリーズ・ナンバーだってラテンだって楽しいマンハッタン・トランスファーなんだけど。また別の機会に。あっ、このグループ名の由来がアメリカ人小説家ジョン・ドス・パソスの同名長編から来ていることの意味が書けなかった。
« スウィングするのに歳はない 〜 キャッツ&ザ・フィドル | トップページ | ヴァンの『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』で聴けるゴスペル風味がいい »
「ジャズ」カテゴリの記事
- キューバのベートーヴェン 〜 ニュー・クール・コレクティヴ、アルマ・カルテット(2023.08.09)
- 酷暑をしのぐ涼感音楽 〜 Tales of Wonder ふたたび(2023.08.02)
- バルセロナ出身のジャズ・サックス、ジュク・カサーレスの『Ride』がちょっといい(2023.07.30)
- ジャジーに洗練されたBGM 〜 リンジー・ウェブスター(2023.07.24)
- 楽しい時間をワン・モア・タイム!〜 ケニー・ドーハム(2023.07.19)
« スウィングするのに歳はない 〜 キャッツ&ザ・フィドル | トップページ | ヴァンの『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』で聴けるゴスペル風味がいい »
コメント