ヴァンの『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』で聴けるゴスペル風味がいい
新作リリース・ラッシュが止まらないヴァン・モリスン。ここ数年で三枚か四枚かもっとか、出したよね。これじゃあ僕なんかは追いつけないが、特に印象に強く残る僕好みのアルバムが、昨2017年9月に発売された『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』。
どうしてかって、これはブルーズ・カヴァー・アルバムだから。以前も言ったけれど、1960年代デビューの英国白人ロッカー勢のやるブルーズのことが僕は大好き。ヴァンの『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』は全15曲だけど、オリジナルは5曲だけで、ほかはぜんぶ有名ブルーズ・ソングのカヴァー。ヴァン自作もそれにあわせた創りになっている。
アルバムの全15曲のなかには楽曲形式として12小節定型じゃないものもあるのだが、まあだいたいどれもブルーズとしていいんじゃないかな。しかもかなりジャズ寄りになっているものや、ゴスペル・タッチなもの、ゴスペル・ソングそのもの、リズム&ブルーズ楽曲や、ソウル・ナンバーや…、うんまあ要はそういうことだ。ヴァンは2017年秋にもう一回そういう方へ向いた。
だから僕にもみなさんにも、説明など本当は無用だ。僕なんかはこういった音楽が最高に気持ちいい。しかしながら、個人的にアルバム『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』でいちばんグッと来るのはゴスペル・(タッチ・)ナンバー三曲だ。一つは10曲目のシスター・ロゼッタ・サープ「ハウ・ファー・フロム・ガッド」。これはわかりやすい。
二つめはヴァンの自作で、2曲目の「トランスフォーメイション」。正確に言えばゴスペル・フィールの自作ポップ・ソングだけど、ちょっと聴いてみて。このフィーリング、あれに似ているって思わない?そう、ロッド・ステュワートが歌ったヴァージョンの「ピープル・ゲット・レディ」だ。そしてヴァンのこの「トランスフォーメイション」のギターもそれと同じジェフ・ベックなんだ。
「トランスフォーメイション」では、ヴァンの曲創りじたい、インプレッションズ時代のカーティス・メイフィールドを意識したというか、これはわりとはっきりしたオマージュなんじゃないかと僕は感じる。ジェフ・ベックはアルバム『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』でたくさん弾いているので、この曲だけの特別扱いじゃない。
三つめは13曲目、モーズ・アリスンの「ベネディクション」。だからこれも厳密には黒人宗教歌じゃないのだが、これもはっきりしたゴスペル・フィールがあるよね。というか、歌詞だってなんだってこの曲はだいたいゴスペル・ソングみたいなもんだ。グイグイ進むこの強靭なビートもアメリカ黒人教会のもの。モダンなマス・クワイア的な雰囲気すらあると思うけど。
「ハウ・ファー・フロム・ガッド」にしても「トランスフォーメイション」にしても「ベネディクション」にしても、歌詞がそうだっていうのもあるけれど、ゴスペル・ソングが本来持っているこういった前向きの肯定感、先々への希望がサウンドに表れているのが、僕の最も好きなところ。だから、ゴスペルというジャンル全体が(一部を除き)そもそも好きだ。
ところで、『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』では本当に大活躍のジェフ・ベック(2、3、4、8、9)で、かつて1960年代にヤードバーズで活躍した三人のギタリストのうち、いまだに現役感のあるのはジェフ・ベックだけじゃないかと思う。みずみずしいけれど、同時に味わい深いギター・サウンド。フレイジングもそうだけど、この音色だよなあ。まろやかでコクのあるこんなギター・サウンドがいい。やわらかくて、心地いい。
4曲目のメドレー「ストーミー・マンデイ/ロンリー・アヴェニュー」とか、サム・クックの8「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」、ヴァン自作の9「オーディナリー・ピープル」、ジェフ・ベックは弾かないがこれも T・ボーン・ウォーカーの14「ミーン・オールド・ワールド」とかも、いい味だ。ヴァンは決してうまい歌手じゃないけれど、ブルージーで滋味深い声で聴き惚れる。
個人的懸案は5曲目「ゴーイン・トゥ・シカゴ」。カウント・ベイシー楽団でジミー・ラッシングが歌ったのがオリジナルのジャズ・ブルーズ。しかし、ヴァン好きのブロガー Astral さんもおっしゃっているように、ヴァンが歌う主旋律は一分以上経たないと出てこない。そこはラッシングの歌ったそのままだ。
その前の約一分間はジョージー・フェイムが歌っている。その部分ぜんぶは、カウント・ベイシー楽団でジミー・ラッシングがやったふつうの「ゴーイン・トゥ・シカゴ」にはない。ベイシー楽団がやったどれかのヴァージョンで聴ける楽器演奏部分をヴォーカリーズしてあるんだよなあ、きっと。Astral さんの推察は上のリンク先で読める。
僕自身はといえば、探してみたものの『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』でジョージー・フェイムが歌っているラインの由来がどこなのか、ベイシー楽団のどのヴァージョンの「ゴーイン・トゥ・シカゴ」なのか、結局正確なことはつきとめられなかった。Astral さんにお約束したようなかたちになっているので、ゴメンナサイ。
「ゴーイン・トゥ・シカゴ・ブルーズ」。オリジナルはこの1939年2月13日録音で、当時は発売されず。初出は1952年発売のコロンビア盤10インチ LP 収録。歌はもちろんジミー・ラッシング。現在は CD 四枚組ボックス『アメリカズ #1 バンド:ザ・コロンビア・イヤーズ』(2003)の一枚目に入っている。
以下は1941年4月10日録音。ヴァンのヴァージョンでジョージー・フェイムが歌うヴォーカリーズ・パートの元楽器演奏の一部が出現した最初のものじゃないかと思う。やはりジミー・ラッシングが歌っていて、同じ四枚組の三枚目に収録されている。これは当時オーケー盤 SP で発売された。
また、ベイシー楽団でジョー・ウィリアムズとジミー・ラッシングがライヴ共演した、こういう「ゴーイン・トゥ・シカゴ」もあるので、いちおうご紹介だけさせていただきます。
また初演歌手ジミー・ラッシングの得意レパートリーになったので、ベイシー楽団とは無関係に彼自身、後年まで「ゴーイン・トゥ・シカゴ」は歌っている。スタジオ録音もヴァンガード盤に収録されているよね。くつろいだフィーリングで、僕は好き。
アルバム『ロール・ウィズ・ザ・パンチズ』は、二つめのボ・ディドリー・ナンバー「ライド・オン・ジョゼフィン」で幕を閉じる。ヴァンもいわゆるボ・ディドリー・ビート(aka 3・2クラーベ、その他)を使って、賑やかにやっている。いやあ、楽しくてウキウキしますね〜。
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1941年4月ヴァージョンのイントロのトランペットのラインはジョージーの歌メロそのまんまに聴こえます。二代目?ベイシー楽団歌手ジョー・ウィリアムスがこれを元にヴォーカリーズ化したんじゃないですかね。
それにジョーとジミーが歌ってるのを聴けば、もしかしたらジョージーはこれを聴いて、ヴァンとの共演曲に選んだのかもしれません。
見事な解題になってますよ!ようやくすっきりしました。ご教示ありがとうございます。
投稿: Astral | 2018/06/06 20:43
あ、よかったです(╹◡╹)!
ずっと前の言葉をひるがえすようですが、今日の文章後半は Astral さんお一人を念頭に置いて書きました。
投稿: 戸嶋 久 | 2018/06/06 20:46