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2018/06/17

ドロップ・ダウン・ママ

Uicy76572

というフレーズは、レッド・ツェッペリンのロバート・プラントがそう歌い込むので憶えた。たしか「カスタード・パイ」(『フィジカル・グラフィティ』)だっけな?妙に印象に残るもので、だから古いブルーズ音源がどんどんリイシューされた1990年代に CD ショップ店頭で同名のチェス盤を見たときも、興味を惹かれたのはこの一点だったのだ。そのときはなにかのシカゴ・ブルーズだろうとしか見当がつかなかった。

 

 

チェス盤といっても、現在ぼくの手もとにあるのは小出斉さんが解説文をお書きの1994年盤で、1970年にはじめて『ドロップ・ダウン・ママ』がリリースされたときの14曲にくわえ、ボーナス・トラックとして三曲、最後にくっついている。名前もプレイも聴いたことのないブルーズ・マンもなかにはいたので、小出さんの(原英文解説よりもはるかに詳しい)文章を読めるのはありがたかった。

 

 

『ドロップ・ダウン・ママ』は、前述のとおり1970年にチェス・ヴィンテイジ・シリーズの一枚として発売されたのが初出で、オリジナル・アルバムじゃなくて、あ、いや、オリジナルみたいなもんかな、一定のコンセプトはしっかりあるけれど、だれか特定個人の録音だけで構成されたものではなく、え〜っと、やっぱり編集盤みたいな面もあるのだ。

 

 

収録されているブルーズ・メンはぜんぶで六人。最有名人はロバート・ナイトホークだね。次いでジョニー・シャインズやフロイド・ジョーンズ、ハニー・ボーイ・エドワーズあたりまではぼくでも知っていた。ほかのビッグ・ボーイ・スパイアーズ、ブルー・スミティは、『ドロップ・ダウン・ママ』で初体験だった。

 

 

チェスの編纂コンセプトとは、南部臭さがかなり強烈に漂うダウン・ホーム感覚満点な戦後の初期シカゴ・ブルーズ(録音時期は1949〜53年)、それもストリートや酒場など「現場」でやっていたような少人数編成のものをすこしまとめてみたってことで、実際南部出身のブルーズ・メンが中心だし、できあがりを聴いてもそんな泥臭さが濃く漂っている。

 

 

だから、ロバート・ナイトホークだけがちょっと毛色が違っているんだよね。ナイトホークは洗練されているもん。『ドロップ・ダウン・ママ』収録の五曲(最多)でもギター・スライド・サウンドの生々しさがすごいけれど、それはいわゆる南部的な泥臭さじゃないだろう。だいたい戦前からシティ・ブルーズの世界で生きてきていたひとだ。

 

 

そんなロバート・ナイトホークの録音もすばらしいのではあるけれど、『ドロップ・ダウン・ママ』の聴きどころはちょっと違うんだと思う。かなり暗く、重く、沈み込むような、まあなかには一曲目「ソー・グラッド・アイ・ファウンド・ユー」(ジョニー・シャインズ)とか17曲目「デイト・ベイト」(ブルー・スミティ&ヒズ・ストリング・メン)といった楽しい曲だってあるけれど、このアルバムでは例外だ。ナイトホークの五曲も例外として外す。

 

 

すると、残りはほぼぜんぶがどこまでも暗く重い。ブルーズ・ミュージックの持つ典型的なイメージにこのアルバム『ドロップ・ダウン・ママ』以上にピッタリはまるものはそんなにないと思えるほどだ。なんというか、どこにもまったく救いのない、だれも、自分でも、救えないような出口のない重苦しさ、つらさ、満たされないやるせなさが、もうその場の空気を埋め尽くしている。

 

 

ここまでだとカタルシスにもならないほどで、共振しちゃって聴いているこっちまで苦しくなってしまうアルバム『ドロップ・ダウン・ママ』。曲の歌詞だけじゃない、声の出しかたや節まわしも含めたヴォーカル表現全体、ギター・プレイのスタイルなど、なにもかもが沈み込んでいるのだ。

 

 

しかし彼ら(主に南部からシカゴに来た)ブルーズ・メンも、そうやってなんらかのかたちで吐き出さないと、とてもやっていられない苦しみを抱えていたってことかもしれないなあ。共振して、といっても到底ぼくなんかの理解がおよぶところじゃないんだけど、この粘りつく湿度の高さ、まとわりつく情念というか怨念は、聴き手に届ける音楽商品というかたちで客観化すらされていないのかもしれない。

 

 

だから、ちょっと聴くと、日本の演歌の一部にあるような怨歌みたいなものとして、つまりステージ芸やレコード録音商品としてエンターテイメントたりうるようなある種の客観性というか価値というか、演者本人は歌の世界から距離を置いているような冷静な視線みたいなもの(がふつうあるんじゃない?)は、ぼくは『ドロップ・ダウン・ママ』にすこししか感じられない。

 

 

ふだんのぼくだったらそんな音楽は嫌いなんだけど、でも今日のこの文章は嫌悪感の表出ではない。むしろかなり好きで、おりにふれ『ドロップ・ダウン・ママ』も聴きかえし楽しんでいる。というか共感して振動している。だれだってそんな気分になるときもあるわけだし、だからチェス盤『ドロップ・ダウン・ママ』みたいな病気盤も、まあ「楽しい」んだよ。好きだ。

 

 

最後に。アルバム『ドロップ・ダウン・ママ』5曲目のハニー・ボーイ・エドワーズ「ドロップ・ダウン・ママ」は南部に古くからある伝承ブルーズで、たぶん1935年にスリーピー・ジョン・エスティスが録音したヴァージョンが最も早いものなんだろうか。ハニー・ボーイ・エドワーズのこの1953年録音は当時発売されなかったので、レッド・ツェッペリンの連中はスリーピー・ジョン・エスティスのものか、トミー・マクレナンのものか、ビッグ・ジョー・ウィリアムズのものかを聴いていたんだろう。

 

 

'Drop Down Mama'

 

 

 

 

 

 

 

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