夜々のうたかた 〜 サビル
2017年のアルモニア・ムンディ盤『ザバド:レクーム・デ・ニュイ』。いいジャケットだよなあ。まさに夜々のうたかたというかさざなみというか、そんな雰囲気をよく表現している。だがしかし中身の音楽を「しばし静寂のメロディーに身を委ね」るようなものだと予想していたら、大間違いだった。
かなり激しいダンス・ミュージックなんだよね、この『ザバド』は。もちろんアルバムの全9トラックのなかにはスタティックなものが複数ある。しかしそれらだって続くハード・ダンス・トラックとメドレー状態になっていて、そのプレリュード的な役割を果たすべく位置付けられているものだ。
『ザバド』をやっている音楽家はサビルと名乗っている。これの核はデュオ・サビルという文字どおりの二人組ユニットで、二人ともパレスチナ出身のウード奏者とパーカッション奏者。後者はユセフ・ビシチ(Hbesich の読みはこれでいいの?)だから、以前書いた、オック語の詩を歌ったマニュ・テロンらの『シルヴェンテス』でやっていたひとだ。
この二人にくわえ、最新作の『ザバド』にはブズーキ奏者とダブル・ベース(コントラバス)奏者が全曲で参加している。だからデュオ作品じゃなくてカルテット作品なのだ。ジャケット表にも Duo Sabîl の文字はなく、Sabîl だけ。ゲスト二名をくわえた四人編成のユニット名がサビルってことなんだろう。
実際、アルバム『ザバド』ではブズーキがかなり活躍している。聴感上の印象ではウードよりも左チャンネルのブズーキのほうが派手に聴こえるもんね。ブズーキのほうが高いという使用音域のせいもあるんだろう。しかしそれだけじゃない。デュオ・サビルの中心メンバーにして、今回も全曲を書いているウードのアハマド・アル・カティブは、ブズーキを活かすような曲創りをしたんだと思えるんだよね。
それで自らのウードは脇役にまわり、曲や演奏を地道に支えるようになっていて、フロントで目立って弾くのはブズーキなんだ。インプロヴィセイション・パート(がこのアルバムのメイン)でもブズーキ・ソロや、たまにベース・ソロもあったりするが、そのあいだウードは下支えを担っている。もちろんウードのソロが頻繁にあるけれど、そのときの伴奏はパーカッションだけ。
パーカッションは、ある意味、このアルバム『ザバド』の主役だね。激しいビートを奏で、ブズーキ&ウードで表現するリズムと一体化して、パレスティニアン・フラメンコみたいなものを踊っているんだよね。そう、この『ザバド』のダンス・タイプはフラメンコだと思う。どうしてフラメンコをチョイスしたのかわからないが、あのイベリアのパッションがここにはある。
静寂トラック(1、4、6、8)はぜんぶ次の曲への道程を示したもの。1と2はパート1とパート2と明記されているし、4と6は5と7で使われているモードを提示したもの。曲名にはっきりそうある。むろん静と動のコントラストみたいな部分でアルバム全体にメリハリがついて、その構成あってこそ63分間があっという間だというのには違いないのだが。
しかし(僕の耳には)2曲目「Samai Part II」とか、3曲目「"Zabad"」、5「Awalem」、7「Nothern breeze」、10「Afternoon Jam」の、激しくダンサブルで、めくるめくような幻惑的にハードなグルーヴ・チューンにこそ、このカルテットのアルバムの本領があるように聴こえるんだよね。
それら、アルバムを聴き進むにつれどんどん高揚するので、こっちもどんどん気持ちがノってくる。7曲目「ノーザン・ブリーズ」ではユベール・デュポンのベース・ソロが聴きものだけど、それが終わってウードとブズーキのシンクロ・パートになってからもイイ。
いちばんすごいのがアルバム・ラスト10曲目の「アフタヌーン・ジャム」で、曲題どおりインプロヴィゼイション・ジャムなんだろう。イントロが終わってグルーヴ・パートになると、パーカッション演奏を土台にベース・ソロに突入。次いでブズーキ、ウード、ブズーキ、ベース、ウード、ブズーキの順でソロが出て、最後はアンサンブルだけど、その間ずっと一定しているが激情的なダンス・ビートが持続している。パーカッションが、というだけでなく、各弦楽器の弾きかたがそうなっているのだ。
なんだかヘンな比喩かもしれないが、オールマン・ブラザーズ・バンドのフィルモア・ライヴとか、あのへんの時代のああいったロック・ミュージックにいくつかあるライヴ・アルバムにあったあんな感じを、そのまま時代と地域と楽器を置き換えてスタジオで再現した 〜 (僕には)そんな音楽に聴こたりしないでもない、サビルの『ザバド』なのだった。
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