マイルズの1961年カーネギー・ライヴ
CD 二枚組の完全版になったのは1998年だったマイルズ・デイヴィスの『マイルズ・デイヴィス・アット・カーネギー・ホール』。ギル・エヴァンズ編曲・指揮のオーケストラとの共演で1961年5月19日に開催されたコンサートを収録したもの。二枚組ではこの夜のコンサート前半が一枚目、休憩をはさんだ後半が二枚目に収録されている。このライヴ・アルバムは疑似ステレオ状態でずっと発売されていたのも、1998年以後はちゃんとモノラルに修正された。そういうマイルズのアルバムはほかにも複数ある。
1961年のカーネギー・ホールでは、マイルズ&ギルのコラボでないレギュラー・クインテットだけでの演奏もたくさんある。抜き出してみると、「テオ」「ウォーキン」「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」「オレオ」「ノー・ブルーズ」(プフランシング)「アイ・ソート・アバウト・ユー」。あれっ?ってことは CD2ではラストの「アランフエス協奏曲」だけだなあ、二者のコラボものは。
またコンサート全体のオープナー「ソー・ワット」でもオーケストラ演奏は最初のほうにちょこっと入るだけで、聴きどころはクインテットでのスウィング感だから、ってことは『アット・カーネギー・ホール』におけるマイルズ+ギルのコラボ・パフォーマンスと言えるのは、一枚目にある「スプリング・イズ・ヒア」「ザ・ミーニング・オヴ・ザ・ブルーズ/ラメント」「ニュー・ルンバ」、二枚目の「アランフエス協奏曲」と、たったこれだけ。
それらコラボ演奏は、一曲を除きスタジオ録音ヴァージョンが発売もされていて、それのお披露目なだけ。ギルのアレンジもマイルズのソロも、カーネギー・ライヴならではという部分があまりないように思う。だから「スプリング・イズ・ヒア」だけが新鮮な素材だけど、これはたぶんビル・エヴァンズ・トリオのヴァージョン(『ポートレイト・イン・ジャズ』)をそのまま採用し、オーケストラ・アレンジに移植したものだろう。
ちょっとそのビル・エヴァンズ・トリオによる「スプリング・イズ・ヒア」も貼り付けておこう。カーネギー・ヴァージョンのギルのアレンジも前で吹くマイルズも、間違いなくこれを下敷きにしているように思うんだけどね。メロディ・ラインのたどりかた、(オーケストラの)コード・ヴォイシングなどなど。
有名な話だが、ビル、スコット・ラファーロ、ポール・モチアンのトリオとの共演計画をマイルズは持っていた。ベーシストの急死で実現はしなかったが、本当に心から気に入ったサイド・マンのことは終生決して忘れないひとで、自分のバンドを脱退してからもフォローし続けていた。
とにかく、1961年5月19日のカーネギー・ホール・ライヴの収録盤で、二者のコラボに耳を傾ける意味があるのは「スプリング・イズ・ヒア」だけ。だからこの二枚組での主役はあくまでマイルズ・クインテットなのだ。そして、実際すばらしい演奏ぶりじゃないか。ウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブのリズム隊が熟練の極みにあって、さらにテナー・サックスのハンク・モブリーもこの夜はかなりいい。
この編成のマイルズ・クインテットの活動は、この1961年5月19日のカーネギー・ホール・コンサートでもって全面終結した。べつにそのつもりはなかったんだろう、結果的にそうなっただけだと思うけれど、ライヴ演奏経験を積むにつれ、たとえば同61年4月のサン・フランシスコはブラックホークでのライヴと比較しても円熟味を増している。
演奏されたレパートリーは、四月のブラックホークと五月のカーネギー・ホールとでほぼ同じ。「ウォーキン」「ノー・ブルーズ」といった定型12小節ブルーズもスウィング感が向上しているし、「アイ・ソート・アバウト・ユー」みたいなロマンティックなバラードでも絶品のリリカルさ。
二枚目トップの二曲「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」「オレオ」については説明が必要だ。この日のカーネギー・ホール・コンサートは、アフリカン・リサーチ・ファウンデイションという組織への資金供与が目的で行われたものだったのだが、この組織にはちょっとした問題もあったらしい。
その欺瞞体質を指摘せんとして、インターミッションをはさんでコンサート第二部の演奏を「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」ではじめてマイルズがソロを吹いている真っ最中に、マックス・ローチがその旨を記した抗議のプラカードを持ってステージに上がってしまった。
それに立腹したマイルズは、お聴きのようにソロの途中で演奏をやめてしまい、袖に引っ込んでしまったのだ。それでこの「サムデイ・プリンス・ウィル・カム」はこんなに短く、しかも突然の中断状態で終わっている。アフリカン・リサーチ・ファウンデイションという組織のいかんにかかわらず、音楽の邪魔をされるのがマイルズの最も嫌ったことだ。
ステージに戻るように説得されて再開したマイルズは、演奏をはじめた「オレオ」(これも演奏冒頭部は録音に失敗し、切れていると思う)で、激しい感情をハーマン・ミュートをつけたトランペットで表現しているよね。かなりアグレッシヴだ。この夜、マイルズがいちばん上気しているのがこの「オレオ」じゃないかな。
その後、「ノー・ブルーズ」「アイ・ソート・アバウト・ユー」と次第に落ち着きを取り戻しているのもわかるし、そのままの雰囲気でこの夜のラスト・メニュー「アランフエス協奏曲」が演奏された。がまあそれじたいは上でも書いたがあんまりちょっとねえ…。やはりマイルズ・クインテットこそが主役だった。
その点でも、この日のカーネギー・ホール・ライヴで出色の出来なのが、一枚目にあるモーダル・ナンバー二曲「ソー・ワット」と「テオ」だ。スパニッシュ・スケールを使った「テオ」は、初演のスタジオ録音(『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』)ではジョン・コルトレインをゲストとしてフィーチャーしていたもの。
それがこのカーネギー・ホールでのライヴ・ヴァージョンではどうだろう、ハンク・モブリーが大健闘じゃないだろうか。一番手マイルズは安定的だが、二番手モブリーがかなりいい。コルトレインと比較することはできないが、6/8拍子のスパニッシュ・スケール演奏で、聴き手をじゅうぶん満足させるサックス・ソロだ。いやあ、かなりいいぞ、このモブリーは。
もっといいのがコンサート・オープナーの「ソー・ワット」だ。冒頭部のギル・エヴァンズの書いたイントロ(『カインド・オヴ・ブルー』のと同じ)でオーケストラがやわらかくクラシカルに奏で、ポール・チェインバーズがあの音列を弾きはじめた瞬間に、オーラストラ・ヒットが鳴る(タイミングがずれているが)。
その次の瞬間からのクインテット五人の猛烈なスウィング感がたまらない。1963年以後の新リズム・セクション(ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズ)をしたがえての各種ヴァージョンと比較しても、ぼくはこのカーネギー・ライヴの「ソー・ワット」がいちばん好きだ。最高の出来だと個人的には信じている。
トランペット、テナー・サックス、ピアノと三人のソロ内容もかなりすぐれているが、なんたってそのあいだのポール・チェインバーズ、ジミー・コブの支えかたがすごい。いや、ソロ内容も、ボスの演奏だってふだんよりも熱く、その証拠に高音域で猛烈だし、二番手モブリーのサックス・ソロもすごいが、三番手ウィントンのピアノ・ソロのジャンピーなグルーヴ感がすばらしすぎる。その終盤でブロック・コード連打になって、ぼくはいつも昇天。
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