クールの再誕 〜 マイルズ1981年復帰作
マイルズ・デイヴィスの1981年復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』については以前一度記事にした。シカゴ人脈を起用した二曲のことだけについてだ。A 面ラストの「シャウト」と B 面2曲目の「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」。
シカゴ人脈といっても、録音はもちろんニュー・ヨーク・シティで行われている。マイルズの甥(姉の息子)ヴィンス・ウィルバーン Jr.、ランディ・ホール、ロバート・アーヴィング III 世、フェルトン・クルーズらで成るこのバンドは、甥がシカゴでやっているというので、たぶんそれでマイルズも血縁を頼り、復帰に際してのウォーム・アップ用バンドとしたというのが、まずは当初の動機だったかもしれない。
このシカゴ・バンドは数年経過しての1984年来、マイルズのレギュラー・バンドの中核となり重要な音楽的貢献をすることになる。 また、この二曲で起用され、その後音楽プロデューサーとしても成功したランディ・ホールとマイルズの関係についてはここで書いた。1985〜86年の俗称ラバーバンド・セッションのこと。
復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』にある二曲「シャウト」「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」と、ほかの四曲とは、完全に性格が異なっている。今日はそれら四曲のことについて、すこし突っ込んで考えてみたい。アルバム全体がどうにもこうにもおもしろくないというのが九割以上のみなさんの意見だけど、なかなかどうして、聴きようによってはそうでもないぞ。あるいは、惚れた弱みであばたもえくぼ。
それら四曲は、マイルズ、ビル・エヴァンズ(サックス)、バリー・フィナティ(ギター)、マーカス・ミラー(ベース)、アル・フォスター(ドラムス)、サミー・フィゲロア(パーカッション)の編成での演奏。アルバム・オープナーの「ファット・タイム」でだけギターはマイク・スターン。録音は1981年1月と、「ファット・タイム」だけ同年3月(日付はどちらも不明)。
たぶん1曲目の「ファット・タイム」のことだと思うけれど、村井康司さんがおもしろいことを書いていた。引用しておく。
じわじわと遠くからこちらに向かってくるようなリズム、70年代バンドより隙間が多くてクールなサウンド、そして空間の上に慎重に音を置いていくマイルスのトランペット。
(『あなたの聴き方を変えるジャズ史』p. 242)
そう、クールだ。クールネスをぼくも感じるんだよね。特に「ファット・タイム」にそのフィーリングが強いが、シカゴ・バンドでやったのではない四曲では、すべてにある。例外はB 面1曲目「アイーダ」だけじゃないかな。この(『ウィ・ウォント・マイルズ』での呼び名だと)ファスト・トラックは、テンポだけじゃなく曲調そのものがゲキアツな感じ。でもこの一曲だけだ。
いままでも強調してきているが、マイルズという音楽家は節目節目でかなり静的でクールな作品を発表しつづけてきていた。1949年(録音)『クールの誕生』、1959年『カインド・オヴ・ブルー』、1969年『イン・ア・サイレント・ウェイ』と。1981年の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』をこの同列に並べるのはオカシイのだが、似た傾向の音楽性を発揮しているとは思う。まあ、つまんないといえばつまんないんだけど、「あらさがしをするな、救済をさぐれ」。
アルバム1曲目「ファット・タイム」の雰囲気は、上で引用した村井康司さんのことばで言い尽くされている。ぼくが付け加えるとすれば、この曲は「フラメンコ・スケッチズ」(『カインド・オヴ・ブルー』)と似た創りになっているなということ。テーマはなく、あらかじめには複数のコード/モードしか用意されていない。さらに、両曲ともスパニッシュ・スケールが活用されている。
「フラメンコ・スケッチズ」ではモードが五つ並び、その四つめがスパニッシュ・スケール。「ファット・タイム」では、これはたぶんコード・ネームだけ指示されていたんだと思うんだけど、それが三つ。順に Cマイナー、A7、B7。A7 部分がスパニッシュというかフラメンコ調だ。ソロをとるマイルズ、ビル・エヴァンズ、マイク・スターン三人ともこの三つのコードをこの順で使っている。
マイルズのソロのことは村井さんのことばにお任せして、特筆すべきはやはりマイク・スターン(ビル・エヴァンズの紹介で参加)のギター・ソロだ。アルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』でギター・ソロが入るのはこの「ファット・タイム」だけだもんね。マイクのソロは、ジャジーであると同時にハード・ロック・ギターのスタイルでもある。
ブルーズ・ベースのハード・ロック・ギター、ちょうど1960〜70年代のジェフ・ベックやジミー・ペイジを思わせるところが「ファット・タイム」のマイク・スターンのソロにはあるから、だからぼくは大好きなんだ。そんなブルーズ・(ロック・)ギターを弾いたかと思うと、次の瞬間にはクロマティックに展開しジャジーになったりもする。
アルバム2曲目「バック・シート・ベティ」。大好きな一曲だ。導入部と中間部でファンファーレみたいにバリー・フィナティがコード・ワークを聴かせるのはやや大げさかな?と思うんだけど、リズム・セクションが刻みはじめてマイルズがソロを吹くようになってからのアフロ・クリオール・グルーヴがいい。しかも熱くなくクールネスが漂っているよね。淡々としているっていうかさ。
「バック・シート・ベティ」のこのクールなミドル・テンポ・グルーヴは、カム・バック・バンドで毎回必ず演奏したライヴ・ヴァージョンでは失われている。ハードで激アツなトラックに仕上がっているんで、ふつう一般のジャズ(系)リスナーのみなさんはそっちのほうがお好きなはず。公式にはこれも『ウィ・ウォント・マイルズ』で聴ける。
オリジナルの「バック・シート・べティ」では、中間部のファンファーレが入るとマイルズがミュート器を外しオープン・ホーンでソロ吹きはじめるが、その中間ファンファーレが終わってからソロ開始までの短い時間がとてもいい感じ。4:32 〜 4:51。ギターの残響音を残しつつ、マーカスのエレベとアルのドラムスが表現するこのグルーヴが心地いい。マイルズが吹きはじめると、アルがハーフ・オープン・ハイ・ハットを叩くあのバシャバシャっていうサウンド は、1970年代からおなじみのものだけど、ホ〜ント好きなんだ。
ビル・エヴァンズのソロで、サックスもバンドもやや熱くなったかと思っていると、終わったらふたたびクールネスを取り戻す。1950年代からマイルズ・バンドは(一部例外を除き)だいたいいつもそう。ボスがカッコよく決めたあとでサックス奏者がハードにブロウするそのコントラストで聴かせてきたのが、1981年のこの復帰作にもある。
アルバム・ラストの「アーシュラ」(ウルスラ)。これは以前ちょろっと触れたが、電化新主流派ジャズみたいな演奏だよね。これも「ファット・タイム」「バック・シート・ベティ」同様、テーマ・メロディは存在せず(「シャウト」「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」にはあり)、しかも「アーシュラ」はスタジオ・セッションでの突発的な出来事の記録なんじゃないかと思う。
頭をカットしてあるんだろうけれど、マーカスがたぶんふとした思いつきでその場でちょっと4/4拍子のラニング・ベースを弾きはじめ、即座にアルが呼応して、すぐにマイルズが吹くっていう(その後、ビル・エヴァンズのソロもある)、ただそれだけのお遊び即興ジャムだったはず。バリー・フィナティはなかなか出てこないが、出現するとコード・ストロークで転調する。
1981年のエレクトリック・バンドでも、ちょっとした4ビート演奏をやると、1960年代半ば〜後期の、つまり『ソーサラー』『ネフェルティティ』あたりと似たようなものが仕上がるというのは、なかなか興味深い事実じゃないだろうか。ギター入りなのとベースが電化されているだけでさ。
だから考えれみれば、1970年代以後のマイルズ・ミュージックは、たとえばトランペットとサックスのソロは1960年代の手法そのままで、バック・トラックのリズムとサウンドを一変させただけだったと見ることだって可能なんだよね。スタジオでの不意の即興4ビート演奏でこんな真相?が漏れ出ているってことかもしれないからおもしろい。
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