ファンクな失恋歌集 〜 スティーヴィ『トーキング・ブック』
スティーヴィ・ワンダーの『トーキング・ブック』(1972年10月発売)。いつも1曲目「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オヴ・マイ・ライフ」イントロのフェンダー・ローズが聴こえただけでホッコリ気分になる。(エフェクターなどを使わず)そのまま弾けばそんな音色を出しやすいこともある楽器だしってこともあるかもだけど、やっぱりそんな内容のハッピーなラヴ・ソングだからなんだろうなあ。いやあ、いいなあ、この曲。
この1曲目では、スティーヴィ本人の歌はサビ部分から出るので、最初に耳にしたときには、あれ、これだれ?しかも女声もあるぞ、あれれっ?とかって思ってたんだよね。アルバム中ほかの曲では、ゲスト・ヴォーカリストはバック・コーラスだけで、こんなふうにフィーチャーされていない。アルバム幕開けが本人の声じゃないんだから、狙いに狙ったものだよなあ。
『トーキング・ブック』、しかし2曲目以後は、つらく苦しく悲しいロスト・ラヴの歌ばかり。でもなくてハッピーなラヴ・ソングが一つ(3「ユー・アンド・アイ)、社会派ソングも一つ(7「ビッグ・ブラザー」)ある。さらに失恋といっても歌詞内容がそうだというだけで、曲調やサウンドやリズムまで沈んでいるようなものはほとんどない。
8曲目「ブレイム・イット・オン・ザ・サン」だけがしっとり系の、いかにもなトーチ・ソング。ぼくの愛はどこに行った?どうやって生きていけばいい?きっと太陽が悪いんだ、そうだきっとそうだ、っていうもので、バラードふうのゆったりテンポで、アクースティック・ピアノの音を中心に、いかにも泣いているような曲。でも、これだけだよね。
『トーキング・ブック』におけるスティーヴィが失恋ばかり歌っているのは、時期的にどうもシリータ・ライトとの破局が影響していたんだと思うけれど、それでも、上で書いた「ブレイム・イット・オン・ザ・サン」を共作しているんだし、ほかにもある。イヴォンヌとの共作だってあるし、音楽的パートナーシップはこの後も続いたので、私生活はそれ、ビジネス関係はまた別、と割り切っていたんだろう。だから悲しいばかりの破局とは言えないのかも。
そんなこともあってか、だから「ブレイム・イット・オン・ザ・サン」以外の失恋歌は、決して暗く落ちんではいない、ばかりか強靭なファンク・ビートに乗せて、強く粘っこく演奏・歌唱しているよね。だいたい『トーキング・ブック』最大の有名曲は「迷信」じゃないか。この曲はあまりにも知られているので、ぼくが今日書くことなんてないはずだ。クラヴィネットって、いやあ、本当にカッコよくファンキーな音色の楽器だなあ。
クラヴィネットのことは、この数年前からスティーヴィは使っているが、フル起動させるようになったのは『トーキング・ブック』からかな。たとえば2曲目「メイビー・ユアー・ベイビー」でも非常に粘り気の強いファンキーな強靭さを表現していて、これも「迷信」同様、ファンク・チューンだなあ。
ファンクといえば、この「メイビー・ユア・ベイビー」では、ゲスト・ギタリストのレイ・パーカー Jr. がずっとソロを弾き続けている。スティーヴィが歌っているあいだも休んでいるあいだもずっとぜんぶ。つまり曲をエレキ・ギター・ソロでラッピングしているわけだけど、これってファンカデリックの手法だよね。スティーヴィはこれを録音する数年前からファンカデリックの名前は出していたらしい。
基本的に(一部例外を除き)『トーキング・ブック』は粘っこいファンクの衣をまとった失恋歌集なんだけど、4曲目「チューズディー・ハートブレイク」(サックスは無名時代のデイヴッド・サンボーン)もそうだね。5曲目「ユーヴ・ガット・イット・バッド・ガール」と9曲目「ルッキング・フォー・アナザー・ピュア・ラヴ」(では「迷信」で曰く因縁のジェフ・ベックが弾く、実にいい感じだ、大好きなギタリスト)は、そんな粘っこいファンクネスは薄いかもしれないが、明るくて前向きのサウンドを持つロスト・ラヴ・ソングで、本当に大好き。
アルバム・ラストの10曲目「アイ・ビリーヴ(ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ・イット・ウィル・ビー・フォーエヴァー)」は、やっぱりファンク・チューンっぽい。けれど、かなりポップなフィーリングもある。熱愛を告白するハッピー・ソングじゃなくてその逆なのに、まるで1曲目「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オヴ・マイ・ライフ」に通じるものがあるような気がするよ。
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