マイルズ・クインテットで暖まろう(真夏なのに)
マイルズ・デイヴィスのプレスティジ四部作のなかでいままでいちばん聴いていないのが『スティーミン』で、しかしこれ、特に理由といった理由はないなあ。むかしちょこちょこっと聴いて第一印象がイマイチなだけだったんだろう。いま聴きかえすと、マイルズとリズム・セクションの演奏内容はいいもんね。むかしのぼくには耳がなかったんだね。いまもそうか…。
『スティーミン』ってアルバム題からもジャケット・デザインからも内容からも、冬の音楽っていう感じがしていたのも事実。しかしこの印象だって、いまこの猛暑の季節に聴いてやっぱり悪くないから、くつがえる。そりゃ冬のセッションで録音されたものでもなければ、冬向け商品としてリリースすべく発売企画されたものでもないから、あたりまえみたいな話だ。
『スティーミン』全六曲のなかには、ジョン・コルトレインがまったく吹いていないものが二つある。A 面ラストの「サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト」と B 面ラストの「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」。このふたつ、歌の内容は真逆だけど、どっちもリリカルに美しく演奏しないとサマにならないものだから、トレインを外したんだね。
ところで「サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト」は本当につらく苦しい失恋歌だけど、他方、ぼくが恋に落ちたらそれは永遠にだ、そうじゃなきゃ決して恋なんかしないぞという「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」っていう曲、ぼくは本当に本当に大好きだ。歌詞もメロディの動きもどっちもいいけれど、インストルメンタル・ヴァージョンをたくさん聴いては感動してきた身としては、やはりこの旋律の動きがいいという印象なのかなあ。
いや、あるいはやっぱり歌詞内容を知っているからこそ、それを表現するメロディ・ラインの美しさが身に沁みるということかなあ。どっちだかわからないが、ここで正直に告白します。あまり好きじゃないキース・ジャレットのスタンダーズ(with ゲイリー・ピーコック&ジャック・ディジョネット)。1995年に CD 六枚組のブルー・ノートでのライヴ・ボックスが出たのを、ぼくは持っている。
なぜそれを持っているのかというと、21世紀に入ったころからしばらくあいだ、深夜によくネット・ラジオを聴いていたが、そのときふと真夜中にピアノ・トリオでやる「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」が流れ来たのだった。聴けばキース・ジャレットのタッチだとわかるし、かのスタンダーズ・トリオの演奏だともわかる。こ〜れが、美しかったんだ、マジで。
どのアルバムに収録されているとかは番組で言わなかったように思うのでネット検索し、このトリオによるこの曲は、『キース・ジャレット・アット・ザ・ブルー・ノート:ザ・コンプリート・レコーディングズ』六枚組に収録されていると知り、買ったんだよね。あのあまりにもリリカルな「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」をもう一度聴きたくて。まるで街の通りでふとすれちがっただけのきれいな女性に一目惚れし、探して逢いに行くかのように。この六枚組、ほかの収録曲はひょっとして一度も聴いてないかもな。
キース・ジャレットの話はここまでにして、マイルズ・クインテットのやる「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」。1950年代だから、こういったバラード(やトーチ・ソング)なら例外なくハーマン・ミュートをつけて吹いていたマイルズで、ここでもその本領を発揮している。
マイルズがワン・コーラスのテーマを吹いたらレッド・ガーランドのソロに交代する。レッドもきれいに決めているが、その後ふたたびマイルズに戻りテーマを演奏し、終了。ってことはつまり、この曲でマイルズはアド・リブ・ソロなし。実はこのファースト・クインテット(やその後もすこし)ではよくあることで、ボスはテーマをひたすらきれいに(薄くフェイクしながら)吹くだけ。アド・リブ・ソロはサイド・メンに任せるっていうパターン。よくある。
これはマイルズに限らず、ジャズ・メン、特にホーン奏者、それもワン・ホーン・カルテット演奏にはしばしばあることなんだ。リリカルすぎるバラード吹奏では常套手段で、アド・リブ・ソロはサイドのピアニストによる<間奏>みたいなものだけにする。ホーン奏者のボスが "ソロ” をとっていないとは言えないと思うよ。『スティーミン』の「ウェン・アイ・フォール・イン・ラヴ」でのマイルズも、格別の美しさだよね。やっぱりロマンティストなんだね、このひとは。しかも内面にややフィーメイルな部分もある。乙女心?
『スティーミン』A 面ラストの「昨晩見た夢」はつらいので割愛し、たとえばアルバム・トップの「サリー・ウィズ・ザ・フリンジ・オン・トップ」。この曲そのものの演奏もたくさんあるスタンダードだけど、そのメロディの一部がほかの曲の演奏内で引用されることのほうがもっとずっと多いような気がしているのはぼくだけ?やはりきれいに吹くマイルズに次いで、無骨で未熟なトレインが入ってくるのはイマイチかもしれないが、チャーリー・パーカー・コンボ時代のマイルズだって逆な意味で雰囲気を壊していた。三番手レッドのピアノ・ソロは立派だ。
ピアノ・ソロといえば、『スティーミン』では B 面のセロニアス・モンク・ナンバー「ウェル、ユー・ニードゥント」でのものがかなりいいよね。以前『リラクシン』の記事で、「オレオ」でのレッドのソロが壮絶で迫力満点と褒めたけれど、この「ウェル、ユー・ニードゥント」でも似たような感じで左手の低音部を強調。実にいいね。『スティーミン』ではこの曲だけが10月録音で(だからトレインがよくなっている)、ほかはぜんぶ5月のセッション。それからこの「ウェル、ユー・ニードゥント」は事前にアレンジされている。
『スティーミン』にあるハード・グルーヴ・ナンバーはもう一個、A 面の「ソルト・ピーナッツ」。ビ・バップ・スタンダードだけど、1956年時点ではもはや時代にそぐわないというか、あまりおもしろく聴こえない。ここでのマイルズ・ヴァージョンはフィリー・ジョー・ジョーンズのショウケースで、でもそれしか聴きどころがないよなあ。マイルズはあまりドラマーにソロをとらせないひとで、実際、このトランペッターの望む音楽性のなかでは存在理由が小さかったような気がする。
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