生きているというだけで奇跡的ですばらしく
(これ、Spotify でちょっとしか聴けないのはどうしてだろう?)
自分で買ったアナログ・レコードで聴いていたスティーヴィ・ワンダーは『ソングズ・イン・ザ・キー・オヴ・ライフ』(1976)と『ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート』(1963)だけだから、そのほかはぜんぶ CD リイシューされたのを買ってはじめてちゃんと聴いた。
そうしてみると、長いあいだ『キー・オヴ・ライフ』がぼくにとっての No. 1 スティーヴィだった(ってか、それしか知らんかったわけだけど)のが変わって、その前の『インナーヴィジョンズ』(1973)『フルフィリングネス・ファースト・フィナーレ』(1974)のほうがもっといいって知っちゃったよなあ。さらに前の『トーキング・ブック』(1972)もいいなあ。これらが三部作というか、グレイト3ってことでいいの?
ちゃんとしたことはわからないが、とにかく一週に一作づつとりあげてメモしておこう。リリース年順に『トーキング・ブック』からにしようと思いつつ、これら三作を一個のプレイリストにまとめたものをお風呂で聴いていたら、ふと不意に流れてきた「トゥー・シャイ・トゥ・セイ」で泣いてしまい、『ファースト・フィナーレ』から書くしかないとなったのだ。
レコードで聴いていないんだから実感がないのだが、ぼくにとっての『ファースト・フィナーレ』は A 面が完璧すぎて、すばらしすぎて、あまりにも美しくはかなく、つらく切なく哀しくて 〜〜 っていうのは歌詞がじゃなくてメロディ・ラインやサウンドやグルーヴがそうだなあって思うわけ。B 面のことをどうこうって意味じゃないんだよ。立派だ。だけど、この A 面はなんですか、きれいすぎるじゃないですか。
1曲目「スマイル・プリーズ」はまあふつうかなあ、っていうか『トーキング・ブック』オープナーの「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オヴ・マイ・ライフ」と同傾向の曲かもね。ほぼすべての楽器をスティーヴィひとりが多重録音でこなしている。それは『ファースト・フィナーレ』全体で、またこのころのほかの作品でもそうだ。ちょこちょこっとゲスト演奏家やサイド・ヴォーカリストがいるけれども。
この点では、1970年代末にデビューしたプリンスの先駆けだった。『ファースト・フィナーレ』だとゲスト演奏家は本当にどうってことないような気がするけれど、でもサイド・ヴォーカリスト、特に女性はかなり効果的なスパイス役になっている。個人的に特に好きなのがミニー・リパートン。5曲目「クリーピン」でのミニーとのハモりは、実に沁みるよなあ。
先に行きすぎた。アルバム1曲目の「スマイル・プリーズ」はふつうのラヴ・ソングかな、そんなサウンドとリズムだなあ、でもこのラテン・パーカッション、特にコンガはかなりいいぞ、1970年代前半のアメリカ音楽ではこういうのあたりまえだったけれど見事だとか思う、と、サラリと通り過ぎよう。
2曲目「ヘヴン・イズ・10・ジリオン・ライト・イヤーズ・アウェイ」(1000億光年の彼方)が流れ来ると、もう泣きそうだ。なんて美しく、なんてはかない歌なんだ。いやあ、すばらしい。ところでこの曲題はローリング・ストーンズを意識したってことはないの?関係ない?わからないが、ホント〜っにきれいな歌だ。
歌詞も泣きそうなんだけど、それ以上にこのメロディの動きかたとサウンドだ。鍵盤楽器はたぶんクラヴィネットだと思うんだけど、まるでハープシコードみたいな、あるいは聴きようによってはエレキ・ギターでアルペジオを弾いているみたいな、そんな音色だよね。このクラヴネットの音色創りとそれで弾くアルペジオ・パターンがたまらない。ベース・ラインはここでもムーグ・ベース。とっても気高い曲だ。
後半はちょっとにぎやかめのサウンドになって盛り上がり気味になる「1000億光年の彼方」だけど、次の3曲目「シャイだから言えなくて」は最後までしっとり静かな落ち着いた路線の楽曲。これと「1000億光年の彼方」の前半部が、いま2018年6月末のぼくにとってのベスト・スティーヴィだね。というか、たぶんこれは終生の伴侶になる。この二曲と、死ぬまでともに歩みたい。
「トゥー・シャイ・トゥ・セイ」にはサウンド・エフェクト的にペダル・スティール・ギターが入っていて、さらにモータウンのジェイムズ・ジェマースンがアクースティック・ベースを弾いているみたいだけど、正直言ってぼくにはスティーヴィ独りでのピアノ弾き語りでよかったと思うほど。もしもピアノが弾けたなら…。
個人的問題は、3曲目「トゥー・シャイ・トゥ・セイ」から4曲目「ブギ・オン・レゲエ・ウーマン」へと切れ目なくつながっていることだ。あのしっとりすぎるバラードが終わったら、ちょっとだけでいいから無音で余韻を味わいたかった。スティーヴィはそれを許さず次のセックス賛歌に入ってしまう。それも楽しいんだけど。ムーグ・ベースの音がかなり大きく目立っている。
ところで「ブギ・オン・レゲエ・ウーマン」は、曲題にレゲエとあるせいかジャマイカの音楽レゲエと結びつけて考えて書いてある文章がほとんどだけど、どこがだろう?これ、どこにも音楽のレゲエ要素はないような…。アメリカン・ファンク・チューンじゃない?すんごくカッコイイけれどね。ハーモニカ・ソロがいいなあ。クロマティックはテン・ホールズとは別物だから、断念せざるをえなかった。
『ファースト・フィナーレ』A 面ラストの「クリーピン」もしっとり路線ですんごくいい。夢のなかに忍び込むとかなんとかっていう歌詞も最高だけど、このリズムだよリズム、いいのは。ここではかの TONTO シンセサイザーってやつを使ってあるのかな? ミドル・テンポでゆったりと、本当にそっと近寄ってくるようで近づかない、このテンポとリズムのフィーリング。ミニー・リパートンが入ってきた瞬間に涙腺が崩壊しそうになるが、その後のハーモニカ・ソロはもっと切ない。双手をあげて賞賛したい。
見事な展開の組曲となっているこの A 面五曲の『ファースト・フィナーレ』さえあれば、ほかになにもなくていいという気分にすらなるほどだ。絶品の美しさじゃないだろうか。だから、はかなく、すぐ消える。
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