美しく屹立するユッスーの『アイズ・オープン』を
ユッスー・ンドゥールというと、最高傑作はインターナショナル盤の1990年『セット』だということになっていて、これの話が中心になっているけれど、一つの単独の音楽作品としてだけとらえると、個人的実感としてはその次の1992年作『アイズ・オープン』のほうが、実はもっといいんだ。
『アイズ・オープン』も音楽の基本線は『セット』のものを踏襲していて、だからまず最初に、国際的な商品としてそれを確立して送り出したという『セット』の偉大さを微塵も否定しないのだが、次作『アイズ・オープン』には、なんというかこう、張り切りすぎていないところが聴きとれて、それがすごくいいなあ。
自然体というか、余裕というか、余分な肩の力が抜けているというか、『セット』に強く漂うテンションの高さにとってかわって、『アイズ・オープン』ではリラクシングな雰囲気が聴けて、だからなのか音楽のスケールも大きくなっているように思うんだ。中身の音そのものだけでなく、ユッスーというひとりの音楽家としての成熟も感じる。
メッセージ性だって強烈な『アイズ・オープン』なんだけど、この作品でぼくが感心するのは、たとえば1曲目「ニュー・アフリカ」、2「ライヴ・テレヴィジョン」、7曲目「カップルズ・チョイス」、9曲目「シュルヴィ」、10曲目「アム・アム」、13曲目「ザ・セイム」、14曲目「シングズ・アンスポークン」といった、このアルバムの中核をなすグルーヴ・ナンバーの色が明るくて、前向きの希望にあふれたサウンドになっているところ。
ユッスーのこの肯定感を下支えしているものがなんなのか、ぼくにわかるわけもないが、それを声高に叫ぶというのでもなく、ゆったり落ち着いてリラックスした前向きの曲調とやわらかいサウンドで表現できているところに強い共感を覚える。しかもリズムというか底流のグルーヴは激しい。強いものをやわらかい衣でまとってみせているように聴こえる。
しかもなんだか、とってもカッコイイよね。という書きかたをすると、ユッスーはいつもカッコイイじゃないか!と突っ込まれそうだけど、ぼくの言いたい『アイズ・オープン』のカッコよさとは、そういう普遍的なことじゃなくて、こうなんというかキリリと直立した爽やかさみたいなものを感じるんだけどね。それなのに肌触りはやわらかい。1「ニュー・アフリカ」、13「ザ・セイム」が特にそうだと感じるんだけど、ぼくの言いたいこと、伝わりますか?音に漂うこの屹立している?感じ。とても美しい(音の)立ち姿だ。
アクースティック・ナンバーもある。3曲目「ノー・モア」。ギターはラミーヌ・フェイエ。これがすんごく上手いので聴きほれる。生ギターと打楽器とユッスーの声だけで構成されていて、おなじみのエレクトリック・ンバラじゃないのだが、ぼくは大好きな一曲。歌詞はかなり強烈な訴えかけのようだ。
イスラム音楽みたいなものも『アイズ・オープン』にはあって、8曲目「Yo Le Le (Fulani Groove)」がそう。なんだか詠唱みたいな声もあるし、このリズムの感じも、打楽器アンサンブルも、シンセサイザーの奏でる伴奏メロディも、アラブっぽい。こっちはなんの歌かわからないが、好きだなあ。
こんな色彩感の豊かさや、あるいは上で書いたように余裕のある自然体を見せているところなど、『セット』で成功したというゆとりがそれをユッスーにもたらしたのか、別なことなのか、複合要因か、サッパリわからないが、『アイズ・オープン』という音楽は、ユッスーが確立したンバラをワールド・ワイド向けにもっとポップにし、アメリカ産のロックやファンク、中南米のラテン・ミュージックなども噛み砕きながら有機的に吸収し、しかも必要以上に高いテンションは抜いて、聴きやすくしてある。
だから、ユッスー・ンドゥールというセネガルの音楽家を、有名だから名前は知っているがどこから聴けばいいの?という入り口に立っていらっしゃるかた向けには、『アイズ・オープン』はとてもいいと思うんだよ。ポップで聴きやすくわかりやすいって、専門家の一部やマニアは重視しないことだけど、音楽の質を薄めずにむしろ高めた状態でそうなっているものは、手放しで推薦したらいいんじゃないかな。
最後に。『セット』の国際的成功を受けてということなのか、『アイズ・オープン』でのユッスーは、アメリカ黒人映画監督のスパイク・リーと契約し、そのレーベル(コロンビア傘下)からこの作品はリリースされた。アルバム題も(多くの)曲題も(一部の)歌詞も英語になっているのは、このためかもしれない。1991年に来日公演があったので、日本ではその記念盤という位置付けもあった。
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