パット・マシーニーのシンフォニー 〜『スティル・ライフ』
パット・マシーニー(メセニー)の1987年作『スティル・ライフ(トーキング)』。パット・マシーニー・グループ名義で(といってもソロ名義作品とそんなにたいした違いはないだろう、一部を除き)、これが ECM レーベルを離れ、パットがゲフィンと契約しての第一作。
この移籍は理解できる。ポップなほうへ向かっていたので ECM では居心地がイマイチになっていたんじゃないかと思うんだよね。以前、1995年の『ウィ・リヴ・ヒア』が大の個人的愛好品だと記事にしたが、私見では、あの作品で大きく花開き完成したパットのポップでファンキーなブラジリアン・ジャズ・フュージョン交響楽路線を、明確に示した最初の傑作が1987年の『スティル・ライフ』だと思っている。
だから、CD だと末尾二曲、6「ディスタンス」、7「イン・ハー・ファミリー」はあまりおもしろく聴こえないんだよね。この二曲はモヤとか霧などがたてこめているような、そんな音楽で、クラシカルな雰囲気。曲も演奏内容もかなりいいんだけどね、ECM サウンドで。うん、美しいには違いない。
しかしぼくのような趣味嗜好の人間にとっての音楽の美しさの一端は、パットの『スティル・ライフ』だと、1〜5曲目までのポップでメロウで、折々センティメンタルで、またときに激しくグルーヴするアフロ〜ブラジリアン・リズムとサウンドを吸収、表現しているところにもある。
やっぱりそういうのが好きなんだよね。三名のヴォーカリスト(アーマンド・マーサル、デイヴィッド・ブレイマイアーズ、マーク・レッドフォード)が参加して、きれいでありかつ躍動的で楽しい<歌>をどんどん聴かせてくれているところも大のお気に入り。そう、ペドロ・アズナールがいないが、グループを脱退したわけではなく、レコーディング時に別の仕事でたまたま参加できなかっただけらしい。
特にミナス派などブラジル音楽の影響が、パットの『スティル・ライフ』ではかなり色濃く出ているよね。ミナス嫌いのぼくだけど、それはいま2010年代にみなさんが持ち上げるようなもののことであって、パットのこういった音楽に溶け込んでいるのはかなり好きだ。米ジャズ界では、ミルトン・ナシメントと共演したウェイン・ショーターの『ネイティヴ・ダンサー』(1974)らへんが嚆矢だったのか?
パットの『スティル・ライフ』1曲目「ミヌアノ」でも、グランド・テーマはヴォーカルによって提示され、その後も繰り返されているが、ブラジリアン・リズムに乗って歌われるその主題がとても美しい。その前のイントロ部は幽玄な感じで、シェイカー(?)が刻みはじめ、リズムが入ってギターと(だれかの)口笛みたいなものとの、その後ギターとヴォーカルとの、ユニゾン・デュオになる。
パットのソロが入って、そのへんからかなりリズムが快活になっていく。ギター・ソロが終われば、このシンフォニー「ミヌアノ」のクライマックスに入っていく。そこからの壮大で劇的な組み立てと展開は見事の一言に尽きる。これを聴けば、パットをいちギタリストとして扱うのが間違いだとわかる。ギター・ヴァーチューゾにして、ここまでの作編曲能力を持つ人物が、はたして米ジャズ界にほかにいるのだろうか。
1曲目「ミヌアノ」の次に『スティル・ライフ』で文句なしにすばらしいのが5曲目の「サード・ウィンド」。これら二曲は演奏時間も長く、このアルバムの中核を成す目玉に違いない。「サード・ウィンド」のほうでもヴォーカリストが大胆に起用されているが、こっちは(ブラジリアンでありかつ)もっとアフリカのほうを向いた曲創りになっているように思う。
リズム・アレンジがそうだなと感じるんだけどね。クレジットされているパーカッショニストはアーマンド・マーサルひとりだけど、打楽器演奏にはもっと複数人が参加しているように聴こえる。アーマンドひとりなら相当オーヴァー・ダブしてある。パットのギター・ソロも終わっての 3:20 〜 5:11 までの躍動感と、そこからパッとかたちが変化して鮮明なアフロ・リズムになっている 5:11 〜 5:36 が鬼すごい。
祝祭が終わるとまた落ち着いて、ふつうのアメリカン・ジャズ・フュージョンに戻っていて、その後はパットのギター・シンセサイザー・ソロもあったりするが、やはりそれにミナスふうなヴォーカルがからみついている。この「サード・ウィンド」の組み立てもやはりシンフォニックだ。いやあ、すごいね。
ぼくもいまだに大好きなアルバム3曲目「ラスト・トレイン・ホーム」はおなじみの人気曲。パットは(ギター型の)エレクトリック・シタールを弾いている。たしかに名曲に違いない。トレイン・ピースであることはリズムが、特にポール・ワーティコのブラシ演奏がよく表現している。シタールのビビる音色が、パットのばあい、感傷を出すのによく似合い(ギターのチョーキングによるスクイーズにも似ている)、後半はやはり複数のヴォーカリストが参加して、快速で一気に駆け抜ける。
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