清廉で重厚な音 〜 ライ・クーダー『ザ・プローディガル・サン』
ライ・クーダーの今2018年新作『ザ・プローディガル・サン』。いかにも2018年米国産の大傑作だ。あと十数年経れば、そうみなされるに違いない。すくなくとも21世紀のライの、いや、それ以上に21世紀のアメリカン・ミュージック界におけるベスト・ワン作品だと言われるようになるかも。それくらいすごい音楽じゃないだろうか。
ライの『ザ・プローディガル・サン』のサウンドは、透き通っているが、しかし、固まりのよう。清涼感があるが、しかし、分厚く、熱い。そして異様とも言えるほどの気高さ、崇高さを漂わせている。簡単には近づけないような、そんなオーラを放っているよね。実質的にライと息子ヨアキムのデュオ作品だけど、二名の演奏もライのヴォーカルも、抜群にすばらしい。
そんな手放しで大絶賛したいライの『ザ・プローディガル・サン』収録の全11曲のうち、ライの自作曲は、2「シュリンキング・マン」、3「ジェントリフィケイション」、10「ジーザス・アンド・ウディ」の三つだけ。他作のものがピルグリム・トラヴェラーズの1「ストレイト・ストリート」、ブラインド・アルフレッド・リードの7「ユー・マスト・アンロード」、スタンリー・ブラザーズの9「ハーバー・オヴ・ラヴ」、ウィリアム・リーヴァイ・ドーソンの11「イン・ヒズ・ケア」。これら以外はすべて伝承ゴスペル・ナンバー。
アルバム『ザ・プローディガル・サン』のなかでも特に傑出しているとぼくが感じるのが、4「エヴリバディ・オート・トゥ・トリート・ア・ストレインジャー・ライト」〜 7「ユー・マスト・アンロード」までの四曲。いやあ、この四つの輝きかたはすごい。ここがアルバムの個人的クライマックスだ。なかでもやはり5曲目「ザ・プローディガル・サン」がものすごいんじゃないだろうか。
まず最初、アンビエント・サウンドふうに漂っているかと思うと(そこはライ自身もやったブラインド・ウィリー・ジョンスン「ダーク・ワズ・ザ・ナイト」の演奏にも似た雰囲気がある)、ジム・ケルトナーふうにヨアキムがドラムス・サウンドを落とし、ライがギターを刻んで歌いはじめ、リフレイン部でクワイア・スタイルの合唱が入ってくるところで鳥肌が立ちまくる。すごいなんてもんじゃないね。中間部におけるかなりノイジーでしかし透明なエレキ・ギターのソロ・サウンドもカッコよすぎる。
ライのやった伝承曲「ザ・プローディガル・サン」については、たぶん大場浩一(@koichi65oba)さんしか、その出自をしっかりと話題になさっていない。すくなくともいちばん詳しくいちばんちゃんとしていらっしゃる。Twitter で音楽関係のやりとりをさせていただいているのだが、このゴスペルについて、今年六月の連続ツイートで、大場さんにほぼすべてのことを教えていただいた。許可をいただいたので、以下にそれを引用する。ぜんぶ6月21日の投稿。
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Ry Cooderの新録アルバムのタイトル曲"THE PRODIGAL SON"について、プロの音楽ライターの方でもまともに取り上げた記事を未だ見たことがありません。
アフリカン・アメリカンが"THE PRODIGAL SON"のタイトルで録音したモノとしては、たぶん1925年のこれが一番古いかと・・・たまたまSP盤を持ってました。ただし、これはサーモン。
"BLUES AND GOSPEL RECORDS 1890-1943" でしらべて古い順にならべると
(1) 1925.01.14.New York; CALVIN P. DIXON
(2) 1926.12.01.New York; REV. S.J. WORELL (STEAMBOAT BILL)
(3) circa.1927.01.Chicago; BIDDLEVILLE QUINTETTE
(4) 1927.04.14.New Orleans,LA; REV. C.F. THORNTON
(5) 1927.10.03.Atlanta,GA; REV. J.M. GATES
(6) 1930.04.15.New York; AUNT MANDY'S CHILLUM
(7) 1935.03.19.New York; PINEWOOD TOM (JUSHUA WHITE)
(8) 1935.08.07.Atlanta,GA; HEAVENLY GOSPEL SINGERS
(9)1939.10.27.Chicago;GOLDEN EAGLE GOSPEL SINGERS
となります。
(4)は持ってないので未聴。
(6) AUNT MANDY'S CHILLUMのものはSP盤両面にわたるもので、Part 2ではRy Cooder版に近いメロディーラインが現れます。
(7) は歌詞もメロディーも別曲。
(8) は完全にRy Cooder版、(9)はこれを踏襲。
GOLDEN GATE QUARTETが1944年にラジオ放送用に録音したトランスクリプション盤が遺されていますが、これも同様。
書き忘れましたがRy Cooder版は後半の歌詞は彼(と息子?)の創作です。
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大場さんは(1)のカルヴィン・ディクスンのサーモンの音源を貼ってくださっている。(8)のヘヴンリー・ゴスペル・シンガーズのと(9)のゴールデン・イーグル・ゴスペル・シンガーズのは、ぼくが YouTube で検索して、これかなと判断したものを貼っておいた。
これ以上ぼくが重ねる言葉などない。
2018年6月19〜21日に大場さんは、ライのアルバム『ザ・プローディガル・サン』でとりあげられている自作じゃないもので曲「ザ・プローディガル・サン」以外のものにかんしても、出自を解説なさっていて、ネットでぼくが自力で調べられる範囲では、その一連の投稿群が最も詳しく、参考になる。だからぜひみなさん、読んでみていただきたい。楽しいですよ。
ライの『ザ・プローディガル・サン』では、自作の2曲目「シュリンキング・マン」でも、出だしはスリーピー・ジョン・エスティスの1938年「エヴリバディ・オータ・メイク・ア・チェンジ」をそのまま使い、さらにギター間奏がチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」歌メロをやはりそのまま引用するなど、さがしどころは多い。
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