在りし日の上海 updated 〜 林寶
といってもそんなアルバムはないし、話題にしたいのは古い録音じゃない。ラテン・ジャジーなモダン・ポップス、林寶(リン・バオ)の『上海歌姬』(ShangHai DIVA)のことだ。そう、あのころの、つまり第二次大戦前の、国際都市だった上海に、こんな音楽があったはず。それをそのままではなく現代化して21世紀録音で現代によみがえらせたのが林寶の『上海歌姬』。完璧ぼく好み。しかしごく最近まで忘れてた(^_^;)。夏休み中(にいま書いている)でヒマだから、部屋のなかの CD カオス山脈をほじくり返すと出てきたってわけ。
しかしこれ、いつどこで買ったのかも忘れちゃったなあ。CD パッケージ裏を見なおすと 2011 と書いてある。そうかあのころか。ちょうど東京を去り愛媛に戻ってきた年だ。エル・スールのサイトで探しても出てこないから…、あっ、ちょっと待って、2011年なら旧サイト時代だから…ということでそっちで探そうとしたら、あれっ?検索機能がなかったんだっけ…(^_^;)…。でもスクロールすればちゃんと出てきたそれには、これまた bunboni さんのブログ記事のリンクが貼ってあった。モ〜ッ、ヤダ(^^)。まぁ見なかったことにしよう。
やっぱり当時のエル・スールで買ったんじゃなかったはずだけど、パッケージがとにかくデカすぎるんだよね、この林寶『上海歌姬』は。記憶では、どなたか Twitter で紹介なさっていたかたがあのころいらして、その推薦を信用してどこかの海外ネット通販サイトで、2012年かな?買ったのだ。円払いじゃなかったはずだけど、米ドルでもなかったような…、う〜ん、もはや忘却の彼方。
中身の音楽も忘却とは忘れ去ることなり(わかるひとだけわかる)という具合だったので、引っぱり出して聴きかえしたのだった。そうしたら、かなりいいぞ、このアルバム!こんな良作、いや、かなりの傑作なんだから当時もいいなと思ったはずだが憶えていないということは、ダメだなあ。CD 一枚なのにパッケージ・サイズのデカさゆえ部屋のなかのボックスものコーナーに置いてあったこの林寶『上海歌姬』。出てきて、本当によかった。いまでは Spotify で聴けますよ。
林寶の『上海歌姬』。ジャケット写真とアルバム・タイトルで察せられるとおり、あの時代の上海で流行していたような、つまりいまから見たらレトロな、ポップスを再現した内容だけど、これまた豪華なブックレットに一曲づつそれぞれ、(中国での)初演歌手の名前と顔写真が小さく掲載されている。以下にそれを整理しておこう。10曲目は1曲目と同じく「天涯歌女」で、リプリーズみたいなもんかな。言葉が違うみたいだけど。周璇の写真も違うものを使ってある。
1「天涯歌女」〜 周璇
2「情人的眼淚」〜潘秀瓊
3「上海歌姬」〜 なし(後述)
4「夜上海+夜來香+ 鳳凰于飛」〜 周璇、李香蘭
5「我要你的愛」〜 葛蘭
6「卡門」〜 葛蘭
7「狂戀」〜 白光
8「得不到的愛情」〜 姚莉
9「明月千里寄相思」〜 呉鶯音
1と10の「天涯歌女」での林寶は、ちょっとしたロリータ声。正直言ってちょっと苦手だ。でも周璇を意識したんだよね。曲はすばらしい。歌いこなしだっていいんだけど…(以下略)。「音樂故事」という言葉が曲名に付記されている10曲目がどういうことかは、上の bunboni さんの文章に書いてあるので、ご一読を。マイルズ・デイヴィスだって模して使った(『リラクシン』)鐘の音でまずはじまって、次いでグレン・ミラー楽団「イン・ザ・ムード」のテーマ・リフを引用してある。
ぼくにとっての林寶『上海歌姬』のツボはしかしここじゃない。3曲目「上海歌姬」から6曲目「上海歌姬」らへんが、も〜う最高なのだ。中国語でやるラテン・ジャジー R&B みたいなのがね。「天涯歌女」に感じとれる若干の中国ローカル色は、ここらへんにはほぼなし。普遍的に世界中どこでも通用するモダン・ポップスだ。
アルバム全体の表向きは、ジャジーでもあった上海レトロ・ポップスのカヴァー集という顔をしているんだけど、この3〜6曲目を聴くと、裏のというか真のテーマはファンキーなラテン歌謡集だということがわかってくる。戦前の上海での中国語歌謡(あのころ、スウィング・ジャズが中心だったと思うんだけど)にラテンふうな21世紀型 R&B スタイルのアレンジを施して現代化したようなポップ・アルバムなんだよね。
3曲目の「上海歌姬」がアルバム・タイトルになっているから、アルバム全体をサンドウィッチしている「天涯歌女」とは違った意味で聴かせどころでありクライマックスなんだよね。この曲はかつての上海には存在しないもの。「上海歌姬」はケニー・G の「Mirame Bailar」が原曲で、それの歌はバルバラ・ムニョス。曲創りに、マライア・キャリーとも仕事をしたあのウォルター・アファナシエフが参加している。
林寶の「上海歌姬」は、これをほぼ忠実にアダプトしてあるよね。もとからフュージョン(スムース・ジャズ?)色のあるラテン R&B ソングだから、この林寶のアルバムのコンセプトがどこにあるか、的確に示していると思う。林寶は上海出身で、この当時も上海で活動しているということで、伴奏陣も現地のミュージシャンを起用しているようだから、「Mirame Bailar」が「上海歌姬」になったんだね、きっと。
同傾向のモダン R&B みたいなのが5曲目「我要你的愛」。英語でもたくさん歌うこれは、しかし古いアメリカン・ジャンプ・チューンだ。林寶の『上海歌姬』ブックレットには、1955年ジョージア・ギブズの名前が記載されてある。女性リズム&ブルーズ歌手だね。でもかなりジャジーというか、ジャンプ・ミュージックというに近い。
林寶の「我要你的愛」は、ここからアダプトした葛蘭ヴァージョンを下敷きにしてあるから、ってことなんだろうけれど、ちょっと一言くらいルイ・ジョーダンの名前を出しておいてくれてもよかったんじゃないかと思う。そう、この「アイ・ウォント・トゥ・ビー・マイ・ベイビー」(ジョン・ヘンドリクス作)は、1953年にルイ・ジョーダンがヒットさせたジャンプ・ブルーズ・ソング。
ラテンなモダン R&B ソングにアレンジしてあるといえば、6曲目「卡門」。これはジョルジュ・ビゼーの「カルメン」なんだけど、ブックレットには<原曲改編>として服部良一の名前がクレジットされてある。葛蘭が歌った際に服部が仕事をしたってことだろうか?そのへんの事情はまったく知らない。
林寶の「卡門」は、まず最初無伴奏のナイロン・ギター独奏ではじまって、そこはフラメンコふうだけど、ヴォーカルが出てきてリズムも入ってくると、ちょっぴりアバネーラっぽくなるのはビゼーのオリジナルどおりだ。そしてしばらくしてマンボになっていくんだよね。マンボといってもヒップ・ホップの影すらある21世紀型のフィーリング。
4トラック目「夜上海+夜來香+鳳凰于飛」。個人的にはこの三曲メドレーが、林寶のアルバム『上海歌姬』でいちばんの好物。2曲目の「夜來香」は日本でもみんな知っている有名曲だよね。その前の「夜上海」は、やはりスウィング・ジャズでやっている。聴きとりやすい変わり目で「夜來香」になった刹那、爽やかな花の香りがフワ〜と漂ってきたかのようで、文句なしに快適な気分。いやあ、いいですねえ。
「夜來香」パートではやはりアバネーラっぽいリズム・アレンジなんだけど、間奏部のエレキ・ギターはジャズ・フュージョンの弾きかたで、ぼくはわりと好き。三つ目の「鳳凰于飛」パートでふたたび4/4拍子のスウィング・ジャズに戻り、いかにもあんな時代の<在りし日の上海>を、しかもアップデートして、聴かせてくれる。
ノルタルジックに…、なんて言葉で簡単に片付けることのできない、21世紀中国語ポップスの傑作じゃないかな。
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