マイルズのアルバム日本盤の附属解説文を刷新してほしい
まあ実は音源だけあればオッケーみたいなことになりつつあって、ネット配信でいいんだというのもそんな考えの反映かもしれず、音だけをフィジカルでもストリーミングでも聴けたら、諸情報や解説はネットで、あるいはなんらかの紙媒体で拾うというのが一般的なやりかたになってきているのかもしれない。だから CD 附属解説文をちゃんとしてほしい…、なんてのはぼくの頭のなかが古くさいのかもしれないが。
それでも音楽 CD を買った際にはじめからデフォルトで付いてくるライナーノーツがちゃんとしていれば、それがいちばん手っ取り早く、手間いらずで、好適なんじゃないかと思うんだよね。ふつう一般の音楽リスナーが音楽フィジカル作品を聴きながら最もアクセスしやすい情報やレヴューがライナーなんだから。
アメリカ本国発売のレガシー盤解説は、そこらへん、実はちゃんとなっているんだよね。特に(コンプリートを冠したり冠しなかったりする)ボックス・セットならそうだ。発売時点での最新書き下ろし解説文が附属しているし、ディスコグラフィカルなデータも判明する限りでの最善を尽くしてある。せめてそれを和訳するだけでもいいんだけど、なぜだかいつまでも古いライナーとデータがくっついてくる。これはなんなのだ?
ボックスものだから新規に充実した解説や分析や判明しているディスコグラフィカルなデータを記載して大部なブックレット様のものを編むことができるのであって、一作一作の個々のアルバムのリイシューでそんなことはできないぞということがあるのかもしれない。さらに音楽のフィジカル作品が売れなくなってきていて産業が不況の真っ只中だから、新たに原稿料が発生するような事態を避けたいという思惑もあるのだろう。
だけどさ、明らかに間違っていると現2018年時点でわかっているパーソネルや録音年月日などのデータ記載くらいは、せめて修正しようよ。音楽内容にかんしての分析・解説は個人個人の受け止めかたによっても異なってくる内容だからむずかしい面があるかもだけど、この点でも、やはり最新の研究成果を踏まえ、変化なき本質はそのままに、時代に即した文章を読みたいよねえ。
抽象論みたいなことだけに終始してもあれなんでちょっと具体例を書いておく。たとえば『ビッチズ・ブルー』。多くの曲でフェンダー・ローズの電気ピアノ奏者が三人同時演奏している。どれがだれ?みたいなことはとてもわかりにくい。というか、ぼくみたいな耳の悪い甘チャン愛好家は、ほぼわからない。だがしかし知りたいんだ。この長年続いた苦悶は、1998年のボックス『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』附属ブックレットを読み、解消した。
それにはチック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、ラリー・ヤングの音が、左右中のどのチャンネルなのか、しっかりぜんぶ記載されてあるんだよね。それを踏まえて音楽をなんども聴きかえし、この三人のフェンダー・ローズ演奏のスタイルだってある程度は理解する手助けにもなったかもしれない。ぼくのばあいはね。多くのばあい二名同時演奏のジャック・ディジョネットとレニー・ワイト(or 曲によってはドン・アライアス)のマルチ・ドラムスも、どっちのチャンネルがだれ、というのが判明した。
こういったことは音楽を聴く際の基本情報じゃないだろうか。ボックス・セットに記載があったんだから、その後の単独盤リイシューにフィード・バックさせればいいと思う。ちょうど科学技術の最先端研究が、最終的にぼくたちみんなの一般日常生活で使う電化製品に応用され身近なものとなって便利になるように、音楽、というか今日はマイルズの話だけど、最新の調査結果は、ふだん日常の楽しみで聴く単独盤 CD を買う(マニアじゃない)一般リスナーの便とならなくちゃねえ。
パーソネルや録音年月日などディスコグラフィカルなデータは、マイルズのばあい特に1970年代以後のものがずっと曖昧なまなだった。いまだによくわかっていない点も多い。それでも21世紀に入り10年以上が経過したあたりからは、これがそこそこ正しいデータなんじゃないかと、わりあい明白になってきている。これこそが最もベーシックで重要な情報だよ。なぜ単独盤リイシューに記載しない?
音楽的分析や解説だって、書き手によって内容が異なり、読み手によって受け止めかたも違ってくるものだけど、それでもわかりにくかったことがわかってきつつあるんだ。『カインド・オヴ・ブルー』『ソーサラー』『キリマンジャロの娘』『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』『オン・ザ・コーナー』『ゲット・アップ・ウィズ・イット』などの諸重要作のライナーノーツに書かれていないことが多すぎる。
それらは、上でも触れたがレガシー盤のボックス・セット・シリーズに附属しているボブ・ベルデンさんやそのほかのかたがたがお書きになった分析文が、フィジカル音源商品に附属するかたちのものとしては、いちばんすぐれている。『ザ・コンプリート・スタジオ・レコーディングズ・オヴ・ザ・マイルズ・デイヴィス・クインテット 1965-68』(1998)や『ザ・コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』(2001)に附属するベルデンさんの音楽分析なんか、すっごくおもしろく楽しくためになるんだけどねえ。
一連の Miles boogaloo だとか、「スタッフ」(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』)が boogaloo tango だとか、「フルロン・ブラン」(『キリマンジャロの娘』)がジェイムズ・ブラウンの「コールド・スウェット」のパターンだとか、ジョー・ザヴィヌルの書いた「ディレクションズ」のキーが E でここがこうなっているという関連構造のことだとか、ぼくはそれらボックス附属解説文のボブ・ベルデンさんにかなり教えていただいている。
マイルズの新リリース商品は必ず日本盤も出るので、それらボックス附属の充実解説文も和訳されて付いてきているものと信じたい。買っておらず見てもいないが、きっとそうに違いない。それはふつうのことだけど、しかしあんな大きなサイズのボックス・セットが、それも10個以上もあるんだから、やっぱマニアじゃないとなかなかふつうは買えないよ。
だから、ふだん聴きの一枚ものとか二枚組の単独リイシュー盤に、重要な部分だけ抜粋でいいから、附属させてほしいんだよね。『ソーサラー』『ネフェルティティ』にあるラテンなポリリズム・アレンジのもののこと、それが「スタッフ」「フルロン・ブラン」に結びつき、最終的に1969〜75年のマイルズ・ファンクに結実しただとか、『オン・ザ・コーナー』『ゲット・アップ・ウィズ・イット』なんかは、そもそもパーソネルや録音年月日のデータ記載があやふやなまま。
このままじゃあイカンでしょ、ソニーさん。
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