ジェリー・ロール・モートンの晩年録音が枯れてて渋くて、実にいい
(Spotify にあるこれは今日話題にするアルバムではありませんが、本文で触れる曲がすべて収録されています)
1941年7月10日に50歳で亡くなったジェリー・ロール・モートン。晩年にはなにもなくなってだれもおらず、異常とも言いたいほどハイ・レヴェルなジャズ音楽家としての実力に反比例するがごとく(自分の性格のせいとはいえ)実人生は幸せじゃなかったみたいだ。っていうかまぁプロ音楽家の「実人生」とは音楽サイドにだけあるのかもしれないから、その点ではモートンの生涯も最高に充実していて、幸せだったということになるのかな。そうだったと、せめて信じたい。
そんなモートン晩年のジェネラル原盤集『ラスト・セッションズ:ザ・コンプリート・ジェネラル・レコーディングズ』。全25曲のうち13曲目までがソロ・ピアノ(と曲によっては自身の歌も)。その後がバンド編成での録音(で、やはりだいたい歌う)。どれもニュー・ヨーク・シティでのセッションで、1939年と40年。これに収録のもので、モートンの録音音楽家としての生涯は終わった。
モートンの『ラスト・セッションズ』は、ジャケットをごらんになっておわかりのようにコモドア盤のデザインだ。この CD アルバムに収録されれている SP 音源のうちの一部がコモドア・レーベルから12インチ LP となって発売されたことがあるからだろう。CD は1997年の GRP 盤で、そのほかもコモドア・ヴォールトはここがリイシューしている。
アルバム前半部のソロ・ピアノと後半部のバンド演奏とではかなり印象が違っている。バンド演奏ものでも、モートン自身がヴォーカルをたくさんの曲でとっていて、その渋くてしんみりした味はとてもいいのだけれど、演奏じたいはにぎやかだったりするものがある。孤独感、寂寥感がちょっぴり薄れているっていうか、少なくともセッション時の演奏仲間はいるわけだから。
だから、今日はモートンのアルバム『ラスト・セッションズ』14曲目以後のバンド編成録音については触れないつもり。すこしだけ書いておくと、編成が六人か七人で、バンドの名義もホット・シックスとかホット・セヴンとか、演奏内容からしても、たぶんルイ・アームストロングの1920年代後半オーケー録音を意識したのかなと思えるフシがある。ピアノの弾きかただって、モートンのほうが先輩だけど、アール・ハインズ・スタイルが聴ける。
そんなアール・ハインズ化したモートンのピアノがイントロを弾く17曲目「ビッグ・リップ・ブルーズ」は、ひょっとしたら「ベイズン・ストリート・ブルーズ」を下敷きにしたかもしれない。そんなふうにぼくには聴こえる。22曲目「ダーティ、ダーティ、ダーティ」はモートンお得意の Spanish tinge、すなわちアバネーラ調で、なおかつ曲題はあの言葉遊びに言及したのかもなあ。24曲目「ママズ・ガット・ア・ベイビー」も、モートン主導でダーティ・ダズンふうなヴォーカル掛け合いが聴ける。
アルバム前半のソロ・ピアノ(での弾き語り含む)13曲。1〜8が1939年12月14日録音、9〜12が1939/12/16、13が1939/12/28。6曲目がおなじみ「キング・ポーター・ストンプ」で、この曲のことが本当に大好きなぼくは、同じモートンの同じソロ・ピアノ演奏ヴァージョンなら、1923年のジュネット録音に比しシャープさが薄れややだらしなくなっているこの1939年ヴァージョンだって、好きだ。このメロディがね、本当に楽しい。23年ヴァージョンにはないブギ・ウギなニュアンスだってあるしね。
これの前の3曲目「ザ・クレイヴ」もラテンでいい。これも Spanish tinge。アバネーラふうに左手が跳ねるやつ。1920年代のソロ・ピアノ録音からたくさんあるとみなさんご存知のとおり。ニュー・オーリンズの、ジャズだけでない音楽家には抜きがたいラテン〜カリビアン・テイストで、それがアメリカ大衆音楽の根幹にあるのだとぼくも認識している。モートンのばあい、ラテン・タッチはエレガントで泥臭くなく野趣はない。
しかしこの1939年のモートンのソロ・ピアノ録音群で本当にいいなあと沁みるのは、7曲目以後のヴォーカル入りナンバーだ。それら7〜13の全七曲では、10曲目の「ザ・ネイキッド・ダンス」以外すべてでモートンが歌っている。その声がね、実にいいよ。21世紀の医療と平均寿命からしたらまだかなり若いと言える年齢だけど、見事に枯れきっている。渋くて、味わい深い。本職じゃないはずなのに、ヴォーカルのほうがいいよ。ピアノよりも。
7曲目「ワイニン・ボーイ・ブルーズ」も沁みるけれど、なかでもかなりな有名曲になった9「バディ・ボールデン・ブルーズ(アイ・ソート・アイ・ハード・バディ・ボールデン・セイ)」が、も〜う最高だ。えもいわれぬよい香り。枯れていて、まさしく老境。ひとりでピアノで弾き語りながら、実際ひとりぼっちになっていたモートンが、若いころの故郷ニュー・オーリンズでのジャズ・メンのことをしんみりとふりかえっている。こんなノスタルジーがいつもそばにあればいい。
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