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2018/09/12

プリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』がマジでいいぞ

 

 

どこからどう聴いても楽しいプリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』(1996)。しかし、このワーナー最終作、あまりにも評価が低い。不当に低すぎるだろう。最大の理由はリリース事情と次作の充実度にあると思う。ワーナーとの契約消化のためにだけ制作・発売されたアルバムで、ワーナーとしてもプリンス本人としても気持ちがなく捨て鉢で、双方ともプロモーションらしきものをほぼやらなかった。両者の関係はすでに終わっていた。次作『イマンシペイション』はくびきを解かれた音楽家の幸福感に満ちている三枚組で、たしかに大充実のメガ傑作だ。

 

 

そんなわけで『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は、プリンス好きですらあまり聴かない。ましてや一般の音楽リスナーだったら見向きもしない一枚じゃないかな。小出斉さんのような専門家でも(「プリンス唯一の汚点」と)おおやけに低評価の烙印を押していらっしゃるほどで、う〜ん、まあたしかにそうかもしれませんが〜、ぼくは大好きなんだよね、このイタチの最後っ屁みたいな、たった39分ほどのアルバムを、イタチの最後っ屁的リリース事情(そんなもん、いまや関係ないんだから)は無視して、純に音だけ聴けばさ。みんな〜、そうしてる?

 

 

『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は、特にストレート・ロックが、それもクラシカルな、つまり古いロックがお好きな音楽好きのみなさんだったら好物に違いない、聴きやすいものだと思うんだよね。ブルーズ・ベースで、ラフでルーズで、ノリは軽快で爽やかな雰囲気すらある。ちょうど目覚めのときに聴くモーニング・ロックとでもいうような雰囲気のサウンドじゃないかなあ。歌詞がエクスプリシットだったりするものもあるけれど、この程度だったら清涼。

 

 

そう、プリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は、1970年代初期っぽい香りのするアメリカン・ロック・アルバムなんですな。&ギター・ロック。ラガマフィンみたいなものが聴こえたりもするが、そんな時間でもその土台になっているサウンドはクラシカル・ロックだ。エレキ・ギターの音色選択と使い分け、フレイジングだって、プリンスはそこをかなり意識してそうだよ。ぼくにはそう聴こえる。

 

 

そしてちょっぴりシティ・ポップっぽい(曲もある)よね。10「ディグ・ユー・ベター・デッド」だけがちょっぴりデジタル・ビートっぽいかもなと思うだけで、それを除けば、ヤな言いかたすれば古き良き時代のロック・サウンドを蘇らせている。それだからプリンス・ファンや若い音楽リスナーや、音楽の新しさに価値を見いだす専門家のみなさんに評判が悪いのかもしれない。そんな気がする。でも1990年代はそんなクラシカル・ロックの復古ブームみたいでもあったと記憶しているんだけどねえ。

 

 

ぼくみたいに50台半ばより上の世代で、ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンや、あれっ?どっちも英国勢だぞ、じゃあアメリカン・ロックならたとえばオールマン・ブラザーズ・バンドとか、あそこらへんにシンパシーと思い入れが強いような音楽好き、ロック・ミュージック・リスナーにとって、プリンスの全カタログ中最も近づきやすいのがこの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』なんじゃないだろうか。

 

 

つまりまあ、そのあたりの音楽をプリンスに求めないひとのほうが多いってことなんだろうね。虚心坦懐に音だけを聴けば、『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は親しみやすく、わかりやすく、ノリよく軽快なギター・ロックで、しかもなんだかアマチュア・ロック・バンドっぽさがある…、というと怒られるに違いないこの演奏力の高さなんだけど、プリンスのバンドだからね。いつも丁寧緻密に創り込むスタジオ作業で有名なんだから、そこからしたら相当ラフで、いい意味でテキトーだ。

 

 

ロック・ミュージックのばあい、これも嫌いな言葉だがファイト一発みたいな勢いまかせのユースネス、荒っぽさ、乱雑さ、パパッとテキトーにバンドで音出ししてみました、みたいな部分が大きな魅力につながるばあいだってあるじゃない。プリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』のチャームとは、そんなロックの持つ原初音楽衝動みたいなものを、それも高い演奏力でこなした上で、リビドーをそのまま実現したというところにある。

 

 

このアルバムを聴いていてのぼくの感じるこの爽快な気持ちよさは、たぶんそういったものだと思うんだよね。ルーツ・ロック的な側面がむき出しになっているのもぼく好み。つまり、ブルーズやリズム&ブルーズ、ゴスペル要素がくっきりとわかりやすく、それもそのままストレートに表出されているのがイイ。

 

 

1曲目「ケイオス・アンド・ディスオーダー」のラフな疾走感、同様に気持ちいい2曲目「アイ・ライク・イット・ゼア」(大好き!)と5曲目「ライト・オア・ロング」、3曲目は「ディナー・ウィズ・ドロレス」との題だけどまるで朝食の雰囲気だし、ブルーズ・ロックな6曲目「ザナリー」、アメリカン・ロックンロールから、中盤ブルーズに転化し、ゴスペル・ジャンプで終わる4曲目「ザ・セイム・ディセンバー」も快感だ。

 

 

7曲目「我ロックす故に我あり」というアンセムみたいな一曲は、しかしラガマフィンなのもおもしろい。8「イントゥ・ザ・ライト」と9「アイ・ウィル」はメドレー状態になっているが、泣きのロッカバラード。前者ではテナー・サックス・ソロが間奏をとり、その後ミューティッド・トランペットとギターのユニゾン・リフが入る。ありきたりでクサイかもしれないが、それはアルバム『ケイオス・アンド・ディスオーダー』一枚全体に言えること。

 

 

そんなクサさを、陳腐でツマラナイから唾棄すべきものだとか、凡庸だからとプリンスみたいな類稀な天才音楽家のカタログから消し去りたいとか、そんな考えを抱くのは自由ですけれど、言わせていただきますが、一般庶民の日頃のふつうの音楽の楽しみをご存知ないんだなと思います。

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