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2018/10/07

ロックにおけるラテン・シンコペイション(1)〜 ビートルズのデビュー・アルバム篇

 

 

アメリカ(産、由来の)音楽のどこにでもあるラテン・ビートなアクセント。ロックにもあるからビートルズにだってある。そのデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』(1963)は、レコードでは片面七曲づつだった。アメリカン・ソングのカヴァー六曲、オリジナル八曲で構成されている。そのなかで、特にラテンっぽいシンコペイションが聴けるなと、個人的に感じすぎかもしれないが、列挙すると以下のとおり。カヴァー・ソングはオリジナル歌手名も付記。

 

 

3「アナ」(アーサー・アレクサンダー)

 

5「ボーイズ」(シレルズ)

 

6「アスク・ミー・ワイ」

 

7「プリーズ・プリーズ・ミー」

 

9「P.S. アイ・ラヴ・ユー」

 

10「ベイビー・イッツ・ユー」(シレルズ)

 

11「ドゥー・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ザ・シークレット」

 

14「トゥイスト・アンド・シャウト」(トップ・ノーツ)

 

 

これらのなかで、というだけでなくアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』のなかでいちばんの好物なのが、勢いのいい元気なロックンロールである幕開けの「アイ・ソー・ハー・スタンティング・ゼア」を除くと、3「アナ」(アンナ)と10「ベイビー・イッツ・ユー」。

 

 

「アナ」と「ベイビー・イッツ・ユー」で聴けるリズム・パターンは同じだ。この、ちょっともたついているかのようでもあるけれど、ひっかかって跳ねているようなビートの感触が好きなのだ。主にドラマーがスネアとベース・ドラムでそれを表現している。ベースやリズム・ギターもそれに協調。

 

 

「アナ」がアーサー・アレクサンダーの、「ベイビー・イッツ・ユー」がシレルズの、どっちもコンテンポラリーなポップ・ヒットだけど、両者ともアメリカン・ブラック・ミュージックの歌手たちだ。1960年代初期のアメリカ大衆音楽というと、リズム&ブルーズの流行からロックが誕生し、その最初の大隆盛期を終えて落ち着いて、黒人音楽界だとモータウンなどまた違ったポップさを持つ音楽が生まれはじめていたころだ。

 

 

その時期には、黒人白人問わず、ポピュラー・ミュージックにおけるラテン・ビートの痕跡は、ばあいによっては抜きがたいどころかますます強調されるようになっていたのかもしれない。プロフェッサー・ロングヘアなどニュー・オーリンズ(出身)の音楽家もリズム&ブルーズ界で活躍していた時期だ。はたまた、ラテン・アクセントが表面上は薄められていたばあいもあったのかもしれないなあ。

 

 

「ベイビー・イッツ・ユー」の作曲者はバート・バカラック。ティン・パン・アリーの流れを汲むブリル・ビルディングのソングライターだ。あっ、『プリーズ・プリーズ・ミー』にはジェリー・ゴフィン&キャロル・キングのコンビもいるなあ。4曲目「チェインズ」。これは特にラテン・ビートとは関係なさそうだけど。

 

 

ともかく、1950年代半ば〜後半のロックンロール・クレイズが冷めてこそのブリル・ビルディング産音楽の流行だったのだ。しかし、ロックのなかにあるラテン・アクセント(はもともとリズム&ブルーズの、さらにさかのぼってジャンプ・ミュージックの、さらに言えば古典ジャズのなかにあるカリブ要素の継承だ)は、表面上はやわらかくまろやかに薄められたとはいえ、ポップ・ソングを書く職業ソングライターたちのペンのなかにだって、やはり忍び込んでいたのだ。

 

 

レコード・デビューの直前直後あたりのビートルズには、アメリカン・ソングのカヴァーが多いよね。四人もそんな曲群のなかに混じっているラテン・シンコペイションを、意識してかせずか、もちろん嗅ぎとっていたはずだろう。それはちょうどリヴァプールという、奴隷貿易で栄えた港町の歴史を、あたかも DNA 的に背負い込んでいたかのようじゃないか。

 

 

5「ボーイズ」もシレルズの曲だけど、これ、リズム・パターンが曲「ルシール」なんかでも典型的に用いられている例のやつだよね。ブルーズ〜ロックンロールで聴けるごくごくあたりまえなものだけど、そんなビートの跳ねかた aka シンコペイションをビートルズもそのまま表現している。

 

 

6「アスク・ミー・ワイ」もラテン・ビートが確実にある。リズム・ギターがシングル・ノートで弾くのとそれに合わせたベースの合奏リフが跳ねている。ストップ・タイムをうまく使っているのと軌を一にしているじゃないか。

 

 

7「プリーズ・プリーズ・ミー」にも、かなり薄いけれど、特に「カモン、カモン!」と反復する部分などにラテンなビートの跳ねかたの痕跡があるし、9「P.S. アイ・ラヴ・ユー」は、次のアルバムにあるラテンなポップ・カヴァー「ティル・ゼワ・ワズ・ユー」の予兆のように聴こえるリズムだ。特に和音で弾くリズム・ギター。

 

 

ジョージの「ドゥー・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ザ・シークレット」とか、ただ砂糖をまぶしただけの取るに足らないラヴ・ソングだと思われていそうだけど、主旋律が出てからの毎Aメロ終わりで「say the words you long to hear」と歌うところの「ヒア」部分で、リズムをまくしたてるように重ねるあたり、ラテン・シンコペイションを、ぼくだったら薄くだけど感じる。

 

 

アルバム中最も有名な歌になって、ビートルズの書いたオリジナル・ソングだとすら思われているらしいラスト14曲目「トゥイスト・アンド・シャウト」は、そもそもトップ・ノーツのオリジナルからしてほんのり薄いラテン・テイストがあったじゃないか。ってか、ツイストというダンスにラテンなノリがあるよね。ビートルズが直接下敷きにしたアイズリー・ブラザーズのヴァージョンともなれば、まごうかたなきラテン R&B だ。

 

 

 

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