ジョガドール、ベンジョール 〜『アフリカ・ブラジル』
(『ラティーナ』誌2018年10月号に掲載された今福龍太さんの文章に触発されて書きました)
ことブラジルにおいてはサッカー(フチボル)は音楽だ。一体化していて関係は深い。1916年作曲とされるピシンギーニャの「1対0」が最有名なフチボル賛歌だと、ぼく(だけ?)は思っているが、ジョルジ・ベン(ジョール)にしても同じこと。ベンジョールとサッカーは切り離せないんだ。1976年の傑作『アフリカ・ブラジル』もまさにそう。
ベンジョールのこのサンバ・ファンク名盤においては、音楽の律動はまさにサッカーの律動そのものだ、とサッカー好きの音楽好きが聴いたら間違いなくわかると思うんだよね。アルバムに三曲のサッカー・ソング(1「アフリカの槍先〜ウンババラウマ」、4「わが子たち、わが宝」、9「ガヴィアの背番号10」)があることを指してだけ言っているのではない。音楽のグルーヴが、アルバム全体で、サッカーのそれと同質だという意味なんだ。
だからぼくの言うベンジョールの音楽『アフリカ・ブラジル』はサッカーだというのは、歌詞内容のことじゃない。サッカーがこのアルバムの<テーマ>だとかいうんじゃないんだ。この音楽のリズム、あるいはグルーヴが、まさしくサッカーそのものだということなんだよね。どの曲が?とかいう問いは成立しない。音楽アルバム全体を貫く根幹のグルーヴのありようが、ピッチ上で展開されるサッカーの躍動感と同じなのだ。
ぼくの持つこの感覚を(通常の)言葉で的確に表現するのはむずかしい。サッカーの試合が行われるスタジアムでの生観戦で、あるいはテレビやラジオやネットでのサッカー中継放送で、ばあいによってはハイライトだけを抜き出して編集したダイジェストみたいなものでもいい、とにかくサッカーの試合の様子を観(聴き)ながら、あるいはかつてサッカー選手経験のあるかたがたなら、ベンジョールの『アフリカ・ブラジル』を聴いて、このフィーリングに共感いただけるかもしれない。
後方の守備陣でゆっくりボールをまわしているときのリズムは、この『アフリカ・ブラジル』にはあまりない(つまり、すこしはあるんだけど)。中盤から前線で、ミッドフィルダーやアタッカーが相互にからみあいながら攻撃に転じてギアを上げゴールを狙う動きに出たときのチームの動物的感覚が、このベンジョールのアルバム『アフリカ・ブラジル』の音楽だ。グルーヴの種類が酷似している。
サッカーのピッチ上での選手の動き、ステップの踏みかた、走りかた、ボールをまわしパスを出したりドリブルで突進したりする、そして最終的にシュートを放つ、そんな一連の律動は、音楽アルバム『アフリカ・ブラジル』におけるリズム感覚 〜 特に打楽器群の織りなすグルーヴ +エレキ・ギターの特にカッティング・ビート、いや要はリズムを形成しているものすべて 〜 と完璧に同質ものじゃないか。
それでもやはり特にこの曲が、ということはあるので選り出すと、あんがい1「ポンタ・ジ・ランサ・アフリカーノ(ウンババラウマ)」、4「メウス・フィーリョス、メウ・テソウロ」はそんなにサッカー感が強くない。9「カミーザ・10・ダ・ガーヴィア」は、やはりフラメンゴ時代のジーコのあのゆるやかで華麗な動きをよく表現できているなと感じる。
しかしもっともっとサッカーの、特にオフェンスの躍動感と同じグルーヴだなと感じるものがいくつもある。ぼくの印象では、たとえば2曲目「エルメス・トリズメジスト・エスクレヴェウ」は、アタッカーにボールがわたる前の攻撃的中盤の選手がボールを持っているときのリズムだし、ブラジルというよりカリブ音楽みたいな3「オ・フィロゾフォ」や5「オ・プレベウ」もそう。
6曲目「タジ・マハール」、8「ア・イストリア・ジ・ジョルジ」、そしてなにより最高の歓喜を、それはサッカーでシュートがゴールに突き刺さりスタジアムが沸くときのそれと同じ大きな歓喜を、招くようなフィニッシュである10「カヴァレイロ・ド・カヴォーロ・イマクラード」と11「アフリカ・ブラジル(ズンビ)」が、最高のサッカー賛歌だ、というよりサッカーそのものだ。いやあ、しかしそれにしてもこの10、11曲目の激しい躍動感はすごい。ここまでサッカーの動きとよろこびを表現する音楽って、なかなかないんじゃないかなあ。
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