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2018/10/04

やってくれ、バニー!

 

 

これまたエピック・イン・ジャズのシリーズ(は全六枚)から一枚、『テイク・イット、バニー!』のことを書こう。バニー・ベリガンが自身のオーケストラを結成する(のがいつか、はっきりしないが、1937年の前半ということになっている)直前の1935〜37年1月にかけてコロンビア系レーベルに録音したなかから12曲を厳選したアンソロジー。これのオープナーが、かの「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」だ。

 

 

といってもバニー自身によるくだんの名演ではない。くだんの名高いのはヴィクター録音(1937年8月7日)で、自己の楽団を率いてのもの。『テイク・イット・バニー』に収録されているのはその前年の録音(36年4月13日)なのだ。でもかなりいいぞ。言うなればファースト・ヴァージョンみたいなものかな。「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」という曲がぼくは大好きなのだ。好きな女性に思いのたけを伝えても相手にされないままの男の話。やるせない感じのバニーのプレイが実にいい。どっちのヴァージョンともトランペット&歌もバニー自身。

 

 

 

 

 

ところでエピック盤アルバム『テイク・イット、バニー!』にはいただけないところがあって、それは5曲目からアルバム・ラストまでの計八曲は、オリジナルの SP 盤にあるチック・ブーロックのヴォーカルを削除してあること。いまではもとどおりのものが聴ける CD アルバムがあるけれどね。 LP レコードに再録する際に、ヒット・ポップ歌手だから…、というのと、バニー・ベリガンらの楽器演奏をフィーチャーして、歌はバニー本人の「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」だけにしたいという、たぶんこの三点が理由でのデリートだったんじゃないかと推測する。残念だ。

 

 

『テイク・イット、バニー!』でもわかるバニー・ベリガンのトランペット演奏の特色とは、丸くまろやかな音色で華麗に吹く、しかも豊かな歌心があってリズム感も抜群、といったところかな。ちょうどルイ・アームストロングとビックス・バイダーバックの双方をお手本として学び、足して二で割って折衷したような感じだ。いやあ、理想的ですね。1942年に33歳の若さで死んじゃったのが悔しい。アルコール依存が最大の原因だったが、リー・ワイリーとの破局も大きなショックだったようだ。

 

 

ともあれバニー・ベリガンは、1930年代後半スウィング・ジャズ黄金時代の、まさにミスター・トランペットみたいな存在だったんだよ。エピック盤『テイク・イット、バニー!』収録曲のなかで、1曲目の「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」を除くと、いちばん好みなのは5〜7曲目の1936年2月24日セッションのもの。八人編成のバンド。

 

 

その次が、1、8、9曲目の1936年4月13日セッションで、これはエディ・コンドン、アーティ・ショウ、ジャック・ティーガーデンを含む九人編成。ふつうはここが聴くひとみんなにとってのクライマックスだろう。異議はないし、ぼくも好きなオール・スター・バンドだ。『テイク・イット、バニー!』は、基本、一個のセッションでの録音は連続収録されているが、1「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」だけ外してトップに持ってきているってわけ。

 

 

だからやっぱりそのハート・ブレイキングな失恋歌のヴォーカルとトランペットに注目してほしいってことなんだね。ヴィクター盤があんな有名になったもんだから、 LP 化する際にもやはりこれを目玉に、という会社コロンビア側の目論見をはっきりと感じる。そんで、ここではっきり言いますが、個人的にはこの「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」、ぼくはあまりにも高名なヴィクター録音より、このヴォキャリオン録音のほうが好きなのだ。甘みより苦みがまさっているせいかなあ。

 

 

1936年ヴォキャリオン・ヴァージョンの「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」では、歌と次のテナー・サックス・ソロが終わってのトランペット・ソロ・パートに特に注目したい。ストップ・タイムを繰り返しながらグイグイと音域を上げていくように反復しながら吹くこのスタイルこそ、ルイ・アームストロング直系なのだ。特に1920年代後半〜30年代前半ごろのサッチモのオーケー録音をバニーは間違いなく強く意識し範としている。そういえば前半部の歌のなかにも、サッチモ・スタイルでスキャットが織り交ぜられているじゃないか。ふつうに歌ってのフレーズ終わりでダバダバとやるっていうやつ。

 

 

そんなバニーのトランペットは、発音がハキハキしてい歯切れよく明瞭で、いわば滑舌のいいおしゃべりを聴いているようで、気持ちいいんだよね。2曲目以後もそれはまったく同じ。ものによってはスウィングというよりシカゴ派のディキシーランド・ジャズに近い演奏もある(2、3)。しかし4曲目は3曲目と同じ日(1937.1.22) のセッションなのに完全なスウィング・スタイルなのもおもしろい。4はコール・ポーターの有名曲「レッツ・ドゥー・イット」だ。トランペット・ソロの内容もいい。

 

 

 

5曲目以後は、書いたようにヴォーカル削除ヴァージョンで、しかしネットで音源を探すと、チック・ブーロックの歌がある SP オリジナルどおりのものと、それを抜いた『テイク・イット、バニー!』ヴァージョンとの両方がアップされているみたいだから、どんな感じか、一個だけちょっとご紹介しておこう。たとえばアルバム5曲目の「イッツ・ビン・ソー・ロング」。この曲でのクラリネット(ジョー・マーサラ)のサウンドとフレイジングも、ぼくは本当に大好きなんですよ、こういうの。わかっていただけますかね?

 

 

 

 

 

6曲目の「アイド・ラザー・リード・ア・バンド」以後も、すっかりスウィング黄金時代の<あの>サウンドができあがっていて、いかにも自分でバンドを率いるべきだというバニーの気持ちはよくわかる。ちょうどバニーもかつて在籍したベニー・グッドマン楽団やグレン・ミラー楽団(『テイク・イット、バニー!』2曲目はグレン・ミラーのバンド)みたいな、あんな感じをコンボ化したものだ。

 

 

ただ、BG 楽団黄金時代にも GM 楽団最盛期にも、こんなバニー・ベリガンみたいに吹ける輝かしいサウンドを持つトランペッターはいなかった。ザ・ブライテスト・オヴ・ブライト・トランペッターズ、それが1930年代後半のバニー・ベリガンだったんだよね。

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