ある秋の夜、プリンスの「グッバイ」が終わったら鈴虫の音が聴こえてきて、最高だった
という体験を、今年、実はなんどもしている。一度目がすばらしすぎたので忘れられず、夜がふけて鈴虫の音が聴こえだすとアルバム『クリスタル・ボール』三枚組(やほかのなんらかのプレイリストみたいなものでもおーけー、ラストにあれば)を聴いてしまう。この曲と体験にグッバイできない。
(アルバム or プレイリストの)ラストだから音が消えると同時に鈴虫の鳴き声が…と言っても、「グッバイ」がよすぎるので、いっときになんども反復再生しているんだよね。たぶんだけど、いまの気持ちではプリンスのありとあらゆる全楽曲中、この「グッバイ」がいちばん好き。美しい。あまりにも美しすぎる。プリンスのファルセット・ヴォーカルは、ときどきキモいと言われることがあるけれど、そんなことないよ。特にこの「グッバイ」では、まさに美じゃないか。
美しいというのはこの曲「グッバイ」の歌メロディと歌詞がそうだから。歌詞のどこがどう、なんて詳しいことは書けないが、それを表現するメロディはどこをとっても全体がきれい。こんなにきれいなバラード(トーチ・ソング?)は、滅多に聴けるもんじゃない。すくなくともぼくの聴いている範囲の全アメリカン・バラード中、というとウソみたいだから全プリンス楽曲中と言いなおすけれど、最もきれい。と断言したい。
その美しさには、出だしからため息しかでないが、特にコーラス部はなんど聴いても涙が出る。"For that matter, whatever to make you reconsider / Is there truth when you make love to a lie?" 部分で、メロディがなんども折り重なってぐいぐい上昇していくところ。なんてすばらしいんだ。毎コーラスでこれが反復される(同メロを持つアウトロ部では違う歌詞)。
そして、ここは毎コーラスもアウトロ部も同じ歌詞の "Excuse me, but is this really goodbye?" で、ボロ泣き。ここから取った '(Excuse Me Is This) Goodbye' がこの曲のオリジナル・タイトルだったらしい。曲の最初から最後までずっと指を鳴らす音がきわめて効果的に使われているのもイイ。スウィート・ソウル系の音楽ではわりとよくある。プリンスだってほかにも使ってある曲があるね。
出だしはベース・ドラム音の反復だけで入ってくる。最近はそれが聴こえはじめただけで胸いっぱいになってしまうんだけど、そのベース・ドラムはコンピューターを使って出しているデジタル・サウンド。そのほかこの曲「グッバイ」のベーシック・トラックの大半はコンピューターで創っているはず。それらはおおよそ1991年ごろにミネソタのペイズリー・パーク・スタジオで録音済みだったようだ(Prince Vault の情報)。いわゆる『(ラヴ・シンボル)』アルバム向けの初回セッションでのことだったそう。
ヴォーカルをいつ重ねたのかは判然としないが、コーラス・ハーモニーはもちろんぜんぶがプリンスひとりでの多重録音。そのコーラス・ワークには1950年代のドゥー・ワップ・シンギングの痕跡があるよね。そういえば、曲「グッバイ」の、甘くつらく切なく哀しい曲調もドゥー・ワップ・ソングに多いもので、1990年代におけるプリンスのそんな reminiscent。
オーケストレイションはいつものようにクレア・フィシャーが手がけている(とライナーノーツに書いてある)。といっても生演奏のストリングス(ホーンズはないはず)だけじゃない。シンセサイザー・サウンドも混ぜてある。そのフワ〜っとしたヴェールのようなサウンドをクレアが書いたんだね。混デジタルだってオーケストラ・アレンジと言えるけれど、それが録音されたのは1994年12月と、これまた Prince Vault による。
それで当初プリンスは、『イマンシペイション』にこの '(Excuse Me Is This) Goodbye' を収録する予定だったらしいが、あの三枚組収録曲は、ほかにもたくさんなんども差し替えがあったように「グッバイ」もとりやめとなり、代わりに「ザ・ホーリー・リヴァー」が入ったようだ。聴き比べたら、どうしたって「グッバイ」のほうがいいけれど、結果的にはちょっぴりひそやかに、未発表集アルバム『クリスタル・ボール』のクローザーとして、そっと「グッバイ」が置かれたので、結果オーライかな。
同じく三枚組の『イマンシペイション』にも、こんな感じのトロトロ大甘ソウル・ナンバーみたいなのがいくつかあるよね。オリジナルもカヴァー・ソングもどっちにも。しかもつらく苦しいハート・ブレイキングな曲も、これまたどっちにもある。「グッバイ」がどっちの傾向なのか、いまのぼくにはちょっと判断がつかないが、とにかく、美しい。あまりにもきれい。ここまで美しい歌は、ない。最高に大好き。とにかくいまは、これがぜんぶの音楽のなかで、いちばん。
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