アレヒス・ズンバスのナマナマしさ
このアルバム、三年前に bunboni さんのブログで紹介されていたので知りました。CD 買って一聴で感激しコメントも残しましたが、みずからの文章にするのは遅くなってしまいました。
ギリシア人ヴァイオリニスト、アレヒス・ズンバスの『ア・ラメント・フォー・イピロス』。2014年の Angry Mom 盤で、プロデューサーも解説文も SP からのデジタル・リマスターも、クリストファー・キングがやっている。彼の個人コレクションにもとづくアルバムだ。ジャケ裏に録音データが書いてあって、それによれば1926~28年のニュー・ヨーク録音。
しかしこの録音年だけ見て音を聴かずにこのくらいかなと想像するかたは、かりにちょっとでも耳を傾けていただければ、そのヴァイオリン・サウンドのあまりのナマナマしさにビックリするはず。いったいこれが1920年代後半の音なのか!?とね。ぼくも最初に聴いたときはタマゲちゃった。同じ1920年代末ごろの米ジャズやブルーズの録音に比すれば、とうてい考えらえないリアルさだ。
1926〜28年に、いったいぜんたいどういうわけでここまでリアルで生々しい録音が可能だったのか?などとの問いを立ててみることは、実はおろかしいことなのかもしれない。SP 盤の音質は、なにもしらないぼくがボンヤリ夢想するほど悪いものじゃない、ばかりか相当ふくよかで表現力に富んでいる。SP そのものを直接聴いたことは一度しかないが、ちゃんとデジタル・トランスファーすれば、このアレヒス・ズンバスの CD(やネット配信)みたいなものができあがるんだろうね。
さて、アメリカにはギリシア系住人がかなりいて一定のコミュニティを形成しているが、アレヒスもそんななかのひとりだったということなんだろうか。英語で書かれた附属解説文によれば、生まれはギリシアの北西部イピロス地方だとのこと。JSP レーベルからの復刻リリース・ボックス『レンベーティカ』シリーズにも、いくつかアレヒスの演奏が収録されていた。あのボックスは、在アメリカのギリシア人音楽家はそれとしてわかるようになっていたよね。
アレヒスの単独アルバム『ア・ラメント・フォー・イピロス』、Spotify にあるものは(アルファベット表記だけど)ギリシア語でしか曲名が書かれていないので、CD ジャケ裏を見ながら、併記されてある英題も以下に記しておこう。ギリシア語を解するかたは飛ばしてください。
01) Epirotiko Mirologi (Lament From Epirus)
02) Gaitanaki (Maypole Dance)
03) Tsamiko Makedonias (Macedonian Dance)
04) Samantakas (Osman Taka)
05) Frasia
06) Shizo Rizo Mor Panagia (Pulling Apart The Lemon)
07) Kleftes (Tsamikos) (Bandit's Dance)
08) Mpil Mpil (Bil Bil: The Nightingale's Cry)
09) Alimbeis (Chief Ali)
10) Papadopoula (Priest's Daughter)
11) Syrtos Sta Dyo (Syrtos Two Step Dance)
12) Tzamara Arvanitiko (Albanian Shepherd's Tune)
この英題だけでもわかることだけど、哀歌や嘆きのような演奏とダンス・チューンとに二分できるみたいだ。ヴァイオリン、というかフィドル一台の演奏でダンス伴奏をやるのはアイリッシュ・ミュージックにもあるし、というかそもそも欧州全域でそんな珍しいことでもない。いっぽうラメントをやるのはわかりやすい。
アレヒスのばあい、しかしダンス・チューンでも快活陽気なフィーリングではない。踊れるようにリズミカルではあるけれど、旋律が哀しげだ。であるとはいえこれも、たとえば各国のフォーク・ダンスや民謡なんかでふつうに聴けるやりかただよね。アレヒスはギリシア人だし、だから(トルコ音楽にもある)オスマン要素だってあるということなのかもしれない。
哀歌や嘆きを歌うヴァイオリン演奏(に、必ずコントラバス弓弾きかチェンバロか両方が伴奏で付く)だと、しかしメイジャー・キーになっていたりもして、聴感上は必ずしも悲嘆調にも聴こえず、あれっ?とかって感じちゃうけれど、ヴァイオリンでの表情の豊かさ、かなり細かい部分まで神経の行き届いた繊細な配慮、指遣い、フレイジング、ボウイングの多彩さ、雄弁さに感動する。絶妙な演奏とはこのことだ。
両国仲が悪いらしいギリシアもトルコも、ヨーロッパ的なものとアラブ的というか西アジア的イスラム文化圏的なものの両方をあわせ持っていると思うんだけどね、音楽だけでなく文化全般に。あるいは北アフリカ的、地中海的なものもあるかな。そんな部分は、最後のふたつを除き、アレヒスのヴァイオリン演奏にもはっきり出ていると思う。
この手の音楽にぼくが強く惹かれるのも、たぶんだけど、そういったところにも理由があるのかもしれない。とにかく、録音年だけ見て「古い」とか敬遠せず、ぜひともちょっと聴いてみていただきたい。1920年代後半の SP でここまでの生々しいヴァイオリン・サウンドが聴けるというだけでも、時間を割く値打ちはあると思うなあ。黙って聴かせたら現代録音だと思うかも。
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