マルチーニョが描くニュー・サンバの未来 〜 ブラジル三題(3)
すごいすごい、こんなサンバ、というか音楽、聴いたことないぞ、大傑作じゃないか!ヨーロピアン・アフロ・サンバだ、歌謡&ダンス・ミュージック、ポピュラー・ミュージックの理想型だ!
昨日書いたようにモナルコの新作のことはわりと話題になっていて、情報に疎いぼくでもたどりつけたけれど、個人的には今日書くマルチーニョ・ダ・ヴィラの2018年新作『Bandeira da Fé』のほうが本命、っていうかぼく好み。モナルコとあわせ、古参サンビスタ健在という息吹を感じる充実の新作コンビということになるだろうけれど、ぼく的には断然マルチーニョ。大傑作だと思う。モナルコの新作の方がサンバとしてはオーソドックスだし出来もすばらしいのにオカシイかもだけど、好みだからしょ〜がないよ。bunboni さん、サンキュー!
マルチーニョの新作のほうが好きっていうか傑作だと思うのは、録音とミックスの結果できあがった音響のせいでもある。なぜだか、好きなんだ。いいと思うんだ。楽器とヴォーカルとの大小、出し引きの音量バランスとか、打楽器アンサンブルの活かしかたとかがさ。そんで、そういう音響に仕上げるだけの、中身の音楽の違いが、モナルコ新作とマルチーニョ新作のあいだにはある。モナルコ新作はすごくいいけれど、マルチーニョのほうだってかなりおもしろいよ。楽しく、充実している。音響も新しい、というだけの中身のあるニュー・ミュージックだ。どっちが上、とかいう話じゃない。
マルチーニョの新作『バンデイラ・ダ・フェ』がすごい、というかどんな音楽なのかは、幕開けの「O Rei Dos Carnavais」に典型的に表現されている。アルバムの曲はぜんぶマルチーニョが書いたもの(か共作)でこれもそうだけど、三部構成でどんどん目まぐるしく曲想が変化する。不穏なムードを漂わせつつサンバのリズムで、同時にシャンソンふうな語りくちヴォーカルでマルチーニョが歌いはじめる。カヴァーコがまるでファド伴奏のポルトガル・ギターみたいに響く。
ナレイションになったかと思うと、突如パーカッション・アンサンブル・パートになるよね。ブックレットには二名の打楽器奏者がクレジットされているが、これは…、う〜ん、やっぱり二人だけなのかな、でもこのリズム・アンサンブルはすごい。アフリカ音楽的っていうか、サンバのアフロ・ルーツを鮮明に示しつつ、同時に2018年的に新しい。このパートでは打楽器奏者のみ演奏している。
曲「O Rei Dos Carnavais」では、打楽器オンリーのパートが終わると、第一部と同じ内容(シャンソン・サンバ)に戻り、またナレイションになって、次の第三部はまた違った明るく激しく快活なサンバ・パートが来る。ここではいかにもカーニヴァル・サンバっぽい合唱隊も入っている。そのままこの変幻自在で統合的な一曲が終わるんだ。
どうこれ?古参サンビスタのやるサンバのワン・トラックとは思えない新進の気概に満ちているじゃないか。すごい、すごいぞマルチーニョ!好きだ〜!ここまで書いたような1曲目の構成要素は、アルバム全体を通しずっとかたちを変えてさまざまに表現されている。つまり、ブラジルのカーニヴァル・サンバ、(シャンソンやファドといった)ヨーロッパ歌謡ふうサンバ、ナレイション、アフリカ系打楽器アンサンブルの、四者一体。いやあ、すごい、すごいぞ、こんな音楽聴いたことないぞ。降参するしかない。大傑作じゃないか。
全体的に不穏でダークで、ブルーでダウナーで、いわば不気味な空気感というか幕(それはヨーロッパ的憂いに相通ずるものかもしれない)がたれこめているのも、このアルバムの特筆すべき特色で、きわめて2018年的。どの曲もそうなんだけど、それがあからさまに表面化しているのが7曲目「Ser Mulher」と11「Zumbi Dos Palmares, Zumbi」。しかもこの二曲はサンバというよりアフリカン・ミュージックだもんね。一歩譲ってアフロ・サンバ。いやあ、すごいすごい、アフロ・サンバでヨーロピアン・メランコリー、いや、いまの世界の不安感を表現しているんだよね。
ラッピン・フードを迎えてやっている10曲目「O Sonho Continua」なんか、こりゃもうサンバでもアフロ・ミュージックでもない。2018年型最先端ブラック・ミュージックの世界的普遍型じゃないか。これが古参サンビスタの手になる作品だなんてなあ。新進の気概と上で書いたけれど、もっとすごいものだよなあ。この10曲目では(たぶんどっちかの)パーカッショニストが打ち込みのデジタル・ビートも駆使している。鋭角なエレキ・ギター・サウンドも切り込んだり漂ったりする。
いちばんすごいのは、そんな、歌謡サンバなのか、ダンス・サンバなのか、(シャンソンやファドっぽい)欧州ナレイション歌謡ミュージックに近いのか、アフリカン・ダンス・ミュージックなのか、わからない、一体化した音楽の全体を、マルチーニョひとりの深みと凄みのある落ち着いた声が貫いているってことだ。ドスが効いていて、それでも同時に(重苦しくならず)軽みをも漂わせている。鋭く尖っているようで、同時に柔和。
そしてなめらかなリズムと雰囲気を持つクロージング・ナンバー12曲目が終わったら、マルチーニョひとりになっての笑い声が入っているんだよね。不気味だ。背筋が凍りそうだが、しかし同時に深く安心する。
いやあ、すごい。こんな音楽、聴いたことないぞ。サンバでありつつ、もうサンバじゃない。2018年、影の、というか真のナンバー・ワン作品はこれだ。
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