down & blue 〜 マライアとマイルズ、時代の音
Astral さんのこの記事がなかったら、今日の文章は書けなかったはず。感謝します。そもそも21世紀に入ってからは完全にスルーしていたマライア・キャリーの、2018年新作を聴いてみようと思ったのは Astral さんのおかげです。
どっちも Spotify でしか聴いていない、っていうかマライアの新作『コーション』のほうは CD あるけれど、マイルズ・デイヴィスの『ラバーバンド EP』は、ついこないだ11月にようやく配信リリースされたばかりで CD はなし。以前書いた今年四月のレコード・ストア・デイ限定で12インチ・アナログが売られたものだ。マイルズほどの音楽家だ、待っていればそのうち CD もリリースされそうだけど、動きがやや遅い。『ラバーランド EP』がなんなのかは、以下をご一読あれ。
CD かサブスクリプションかはさておいて、マライアの『コーション』とマイルズの『ラバーバンド EP』は、完璧に同種の音楽だと思うんだよね。暗くダウナーなテンポ設定、深く沈み込むようなリズムの感じ、それらと同様なサウンドの垂れ幕、ビート感、ボトムスの創りかたが最大の共通項かな。それでグルーヴが同系のものとなっているように思う。
Astral さんもお書きのように、こういったダウナーな感じ、ノリ、グルーヴが、今様 R&B なんだけど、マライアのほうは新録の新作なので、時代に合わせてきているのは当然。ぼくもかつては夢中だった1990年代前半ごろのマライアのあの楽しく跳ねまわるポップでキュートな感触は消えているが、ないのがあたりまえだ。しかしあれだ、ちょっと歳食ったとはいえマライアはやっぱりクイーンなんだなあ、時代の求める先端サウンドを持ってきて、しかもそこに、これだけは余人に真似できない歌唱力でもって音楽に力を与え、聴き手を説得する。『コーション』、すばらしい新作だ。
ところが、マイルズの『ラバーバンド EP』は今年四月リリースとはいえ、録音は1985年。知っているひとは知っている、かのラバーバンド・セッションから誕生した一曲で、そのオリジナル・ヴァージョンは配信 EP でも四つ目に入っているので確認できる。それは、2010年代のサウンドでは、まったく、ない。いかにもあのころ1980年代半ばという、マイルズがワーナーに移籍直後の『ツツ』に入っていてもおかしくないサウンドだよね。
それを、今年四月のレコード・ストア・デイで限定発売するにあたり、リリース関係者はリミックスし創りなおした。まずテンポをグッと落とし、重心を低くして身をかがめ、暗めのダウナーなグルーヴを与え、マライアの新作アルバム同様、ボトムスを強調し、中低音メインの音楽に仕立てている。高い音は主役の吹くトランペットと、今回新たに重ねた女声ヴォーカルだけと言ってもいいほど。
1985年のマイルズやセッション時のプロデューサーだったランディ・ホールら関係者が、2010年代後半の音楽を予見していたとは思えない。たんに発掘素材(といっても曲「ラバーバンド」は前から編纂盤 CD でリリースされていた)をいじって、今2018年のリミックスとリイシューに際してもプロデュースしたランディ・ホールなど複数名が、時代の音になるように手をくわえただけだ。
しかしマイルズのトランペット演奏そのものは変更できない。そのまま、テンポは落としてあるがだいたいそのまま、活かして使ってある。それが実にいまの2018年の時代の空気を呼吸しているように聴こえるから不思議だ。1985年録音のオリジナルと同じ演奏なのに。そのイシュード・トラックで聴いても2018年の音だとは感じないのに。
ミックス次第で音楽はかなり変貌するということなんだろうけど、それで同じマテリアルでも響きかた、というか音楽じたいが大きく違ってくるということだろうけれど、でも、いやあ、マイルズってさすがすごいなあ、っていうのが、たんなるいちマイルズ狂の妄言なんだよね。2018年のマライアや、2010年代先端 R&B のサウンドに聴こえるもんね。1991年に死んだ男の出す音がね。
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