ブルー・エルヴィス 〜 サン・マスターズ
2017年の RCA 盤三枚組『ア・ボーイ・フロム・テュペロ:ザ・コンプリート 1953-1955 レコーディングズ』は、エルヴィス・プレスリー最初期の姿のほぼ全貌を収録したものとして間違いない、人類の宝だ。超充実の附属ブックレットは英文119ページで、写真満載。このボックスはも〜う!楽しいったら楽しいな。
『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』CD1は主にサン・レーベルへの録音。CD2はその別テイク集。CD3はライヴ&ラジオ・マテリアルで、三枚ともやっている曲はだいたいぜんぶ CD1にあるのがエルヴィスによる初演だ。別テイク集は研究家・好事家のためのものだから、CD1のスタジオ録音オリジナルとCD3のライヴ&ラジオ集に話を絞って問題ないはず。今日は一枚目の話だけ。三枚目は明日書く。
『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』附属ブックレット末尾には曲目一覧があって、この時代のエルヴィスがやったのはすべて他作曲だからその作者名と、それからていねいなことに全曲エルヴィスのカヴァーの影響源・参照元が付記されてある。知っていることだとはいえ、これはありがたい。あらためて思い出す必要がない。眺めてそうだそうだとうなづいていればいいから、こんなラクチンなことはないんだ。RCA もやるときはやる。その他、このボックスはマジすごいよ。1953〜55年12月まで時系列に進む解説は、同時代の社会文化事情も併行記載され、も〜う!文句なし。
『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』一枚目の全27曲。1〜4曲目は<メンフィス・レコーディング・サーヴィス・アセテート>とあるが、これはエルヴィス自身がお金を払ってレコードにしてもらったものだ。5〜23曲目が<サン・マスターズ>、24〜27はサン時代の録音だけど、移籍の際にサンのエルヴィスのすべてを買いとった RCA が手を加え自社シングルとしてあらためてリリースしたもの。
だから今日のとりあえずの興味は5〜23曲目のサン・シングルズなんだけど、その前の自前レコードから含めても、この時期のエルヴィス最大の特色は、憂鬱そうに歌うバラディアーだという点にある。決して激しいロックンローラーではない。ご存知ないかたも、上のリンクをちょっとクリックしてみてほしい。快活なロック・ナンバーと呼べるものはかなり少ないよね。
有名な「ザッツ・オール・ライト」「グッド・ロッキン・トゥナイト」「ベイビー、レッツ・プレイ・ハウス」もハードなロックンロールじゃない。ミディアム・テンポでゆったり大きく進むもので、ポップなんだ。エルヴィスの歌にも伴奏にも、余裕が感じられる。
激しいビートの効いたロック・ナンバーと呼んでいいと思えるのは、たぶん、8「ブルー・ムーン・オヴ・ケンタッキー」、12「アイ・ドント・ケア・イフ・ザ・サン・ドント・シャイン」、13「ジャスト・ビコーズ」、15「ミルクカウ・ブルーズ・ブギ」、21「ミステリー・トレイン」と、これだけじゃないかな。
ところでそんなロックンロール・ソングになっているもののなかでは、「ミステリー・トレイン」がいちばん出来がいいんじゃないかと思う。たぶん、この時期のエルヴィスにフィットした題材っていうことだろうなあ。スコッティ・ムーアの弾くエレキ・ギター・リフも実にいいし、エルヴィスの声のトーンがいい。決して焦っておらず冷静にとりくんでいて、余裕を持ちながらも快活でハードに乗るフィーリングがある。ま、ぼくのばあいは、このトレイン・ピースという(ブルーズ界には多い)題材そのものが好きですが。それだけのこと?
エルヴィスの声が…、と書いたけれど、この歌手最大のチャームがそこだと思うんだよね。声そのものに(ややメランコリックな)色気を宿している。なにも工夫せずとも似合う題材をスッと素直に歌うだけでそれだけで、セクシーなんだ。これこそ、エルヴィス・プレスリーを爆発的メガ・スターにした最大の理由だったと思う。そんな部分、サン・レーベルへの録音でもしっかり確認できる。
そんなヴォイス・メランコリー・セクシーなエルヴィスは、このサン時代、私見ではゆったりしたテンポの曲でのほうが魅力が増しているように聴こえるんだよね。それらはしばしばロスト・ラヴ・ソングで、それをこんな(ブルージーな)声でエルヴィスが漂うように揺れるように震えるように歌うもんだから、う〜ん、もうたまらない強い引力が発生しているなあ。
このサン時代のエルヴィス(実はメイジャー移籍後も?)は本質的にバラディアーだったというぼくの意見は、こんな事実に支えられているんだよね。「アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ」「ブルー・ムーン」(が、サン・エルヴィスの最高傑作かも)「アイル・ネヴァー・レット・ユー・ゴー(リトル・ダーリン)」「ユア・ア・ハートブレイカー」「アイム・レフト、ユア・ライト、シーズ・ゴーン」(2ヴァージョンとも)「ウェン・イット・レインズ、イット・プアーズ」など。
これらの曲では、ブルーでメランコリックに漂っている、フラフラして安定しない、どこへ行くのか心配だ、支えてあげないと到底見ていられない、といった気持ちにリスナーをさせるような、そんなヴォーカル表現ができているなあと思うし、そんな部分こそエルヴィス最大の魅力だったかも。後年までもずっと。
端的に言えば、泣き嘆き懇願し揺れるブルー・エルヴィス。それがこの歌手だ。
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