マイルズのジミヘン時代
マイルズ・デイヴィスのブラック・ロックといえるのは、リアルタイム・リリース作品でいうと『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』(1971)と、あとは『パンゲア』(1976)一枚目かな。でも『ジャック・ジョンスン』周辺には同じようにカッコいいギター・ロック・ピースがいくつも未発表のままになっていたのが現在ではリリースされているので、今日のプレイリストに入れておいた。
アルバム『ジャック・ジョンスン』にしたって、1971年リリースの完成品はいろんな素材をコラージュしてあって、トータル・ワークとしてはレベルが高くおもしろいが、ロック色がやや薄まっているかもしれない。そんなわけで今日は『ジャック・ジョンスン』ボックス収録の生素材のほうを選んで入れておいた。こっちのほうがストレートでわかりやすいロックだ。
『ジャック・ジョンスン』とその周辺になった1970年春ごろのマイルズは、どうしてだか鍵盤楽器奏者を使わず、ジョン・マクラフリンひとりのコード・ワーク伴奏でロックっぽい音楽を展開していた。その前後はやはりいつもどおりのマイルズだから、なにかあったかもしれないなあ。ほんの数カ月だけ短期的に、ジミ・ヘンドリクス的なギター・ロックをやりたかった理由が。
あっ、と思って、いまジミヘンの没年月を確認してみたが、1970年9月だから、う〜ん、関係ないんだなあ。今日のプレイリストに入れておいた1〜9曲目のマテリアルをマイルズが録音したのは、70年の2〜4月。5月にはキース・ジャレットが参加して、ふたたび鍵盤楽器メインのサウンド創りに戻っている。ってことはじゃあこのたった三ヶ月間のロック・マイルズとはなんだったのか?チック・コリアがバンド・レギュラーだったのに、起用すらしていないしね。ジャレットが入るとチックも戻っている。やや不思議だ。
まあでもやっぱりあの時代のものではあったんだよねえ。1970年の春ならば、ロック・ミュージックが時代の寵児となっていたちょうどそのころ。ジョン・マクラフリンはなんだかんだ言ってやっぱりジャズ・ギタリストだな、と思うけれど、それでも今日のセレクションをお聴きいただければ、かなりがんばってジミヘン寄りになっていると思う。ボスの指示だったのかなあ。
それプラス、ぶっといエレベ(はデイヴ・ホランドかマイクル・ヘンダスン)と(主に)ビリー・コバムの8ビート・ドラミングという、このトリオ編成でマイルズが歌っているんだから、ちょうどジミヘンのトリオと似た感じになるじゃないか。スティーヴ・グロスマンのソプラノ・サックスさえ聴こえなければ完璧だった。やはりジャジーな要素をちょっとは残しておかないとダメだったのか。
ともあれ、シンプルでカッコイイ。サウンドもリズムも整理されていて、とてもわかりやすくノリやすい。この1970年2〜4月のマイルズ・マテリアルは、あまりジャズ・ファン向けのものじゃない。むしろロック・ミュージックやリズム&ブルーズの愛好家のほうがよりよく楽しめるはず。実際、ぼくのいままでの数十年間にわたる推薦経験でもそうだった。
なかにはボスがトランペットをまったく吹いていないギター・トリオ・ピースだってあるもんね。8曲目の「アーチー・ムーア」がそう。いやあ、こんなふうにセッションできたら気持ちいいだろうなあ。これはコンポジションじゃない。ただの即興演奏だ。いや、これだけじゃない、この時期のマイルズ・ミュージックはどれもギターを中心に据えたインプロヴァイズド・ミュージック。
『パンゲア』一枚目「ジンバブエ」のことにも触れておこう。1曲目がおなじみ「ターナラウンドフレイズ」だけど、このノリの軽さといったらない。1973〜75年とずっと演奏されたモチーフだけど、ここではまったく異なる容貌と化している。ファンクっぽさが消え、ロック調になっているよね。特に頭から出るアル・フォスターのドラミングが軽い。ファンク・ミュージックには欠かせない "間" もないから、レジー・ルーカスの刻みもそれにあわせている。
『パンゲア』のこの「ジンバブエ」は、むかしからイマイチな評判で、濃厚なセクシーさを放つファンクな二枚目「ゴンドワナ」ほど人気がない、というかみんなだいたい聴かないんだ。たしかにジャズ/ファンク方面から見ればそうなっちゃうけれど、ブラック・ロックとして聴けばなかなかいいんじゃないかなと思うよ。後半、右チャンネルで出るレジー(ピート・コージーじゃないんだよね)のギター・ソロだって、ハード・ロック・スタイルだもんね。
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