ささやかなジェリー・クリスマス
ドブロ・マスター、ジェリー・ダグラスの手がけたクリスマス・アルバムが今日の話題。ドブロ(Dobro) とはリゾネイター・ギターのブランド名。リゾネイター、すなわち反響板をギターのボディにつけて音量増幅を狙うべく開発されたもの。ふつうのアクースティック・ギターは音の小さい楽器だからさ。第二次世界大戦前のアメリカのギター・ミュージックでは、ナショナル社製のものとあわせ、リソネイター・ギターはよく使われた。木製ボディと金属製ボディとがある。
音量増幅は、その後電気でできるようになりエレキ・ギターが爆発的に普及したので、この目的だけでドブロでもナショナルでもリゾネイター・ギターを用いる意味はなくなったし、現実、そんな弾き手はいなくなったと思う。しかしいまでもドブロを弾くギタリストが絶えないのはレトロ感と、あとはやっぱりひとえにその独特の音色のおもしろさ、美しさにあるんだろう。特にスライド・バーで演奏したばあいなど、えもいわれぬ妙味をかもしだす。ジェリー・ダグラスもまた、そんな魅力にとりつかれたひとり。
ジェリー・ダグラスはドブロしか弾かないというわけじゃない。いろんなアルバムでほかの各種ギターなども演奏しているが、やはりこのギタリストの特色は当代随一のドブロ弾きという点にある。本当に美しく弾くんだよね。ジェリーの弾くドブロ・サウンドを聴いていると、たとえばスライド・プレイなどでも、うっとりとして時間を忘れて聴き惚れ、ほうけてしまう。それほど美しいギター・トーンなのは、2009年のクリスマス・アルバム『ジェリー・クリスマス』でもよくわかっていただけるはずだ。
『ジェリー・クリスマス』の全12曲中、ジェリーの自作曲は11「マウイ・クリスマス」(Spotfy にあるのだと「マウイ」とだけの記載)だけ。ほかは伝承的なクリスマス・キャロルや他作のクリスマス・ソングなどを、ほぼどれもインストルメンタル演奏のみで仕上げている。例外的にヴォーカルが入るのは、4「ニュー・イヤーズ・イヴ」、6「サンタ・クロース・イズ・カミング・トゥ・タウン」だけ。後者はマイケル・ジャクスンも歌ったよね。
この二曲以外は、すべてドブロを中心とするギターが主役のストリング・アンサンブルでひた走る。エレキ・ギターが聴こえたりもするが例外で、ほぼアルバム全編がアクースティック・サウンドで占められているのもクリスマスの雰囲気をいい感じに表現できている。キリスト教のミサの敬虔でおごそかな感じも出せているし、また宗教関係なくアメリカン・ギター・ミュージックの世界に興味をお持ちのかたなら楽しめる音楽作品だ。
楽曲や演奏内容の解説は今日は不要と判断する。有名曲でも無名曲でも、伝承ものでも個人作でも、ジェリー・ダグラスがひたすらていねいに、美しく、ドブロなど各種ギターをていねいに奏でているのに身を任せればそれでいい。つまり、ジェリーはオーヴァー・ダブで音を重ねてある。ひとりギター・アンサンブルと言いたいところだけど、『ジェリー・クリスマス』にはもう一名のギタリスト、ガスリー・トラップも参加している。6曲目「サンタが街にやってくる」ではガスリーしか弾いていない。ジェリーは Scary Vocal とのクレジット。この声がジェリーなんだね。
ベース奏者はほぼ全曲で参加。ドラマーはいたりいなかったり。それからヴァイオリンだね、かなりいい感じなのは。ルーク・ブラ(Luke Bulla)という名前がクレジットされている。美しい演奏だ。ぼくはやっぱりジェリーの、ドブロを弾く、それもスライド・プレイに耳をそばだてるのだが、それの次にうっとりするのがルークのヴァイオリンだなあ。きれいだ。それ以外ことばがない。クリスマス時期の、寒く引き締まったキリリとする空気感もよく表現できているように思う。
特にアルバム7曲目「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」と8「クリスマス・タイム・イズ・ヒア」のあたりの美しさは筆舌に尽くし難い。ハッと息を飲むようなクールな輝きがあるんじゃないだろうか。ジェリーのドブロ・サウンドがなんたってすばらしいが、ルークのヴァイオリンだって見事。テンポ設定含むアレンジ全体もかなりいい。
アルバム唯一のジェリー自作曲、11「マウイ・クリスマス」だけ、バンド編成ではなく、ジェリーがひとりですべての楽器をこなしたワン・マン多重録音トラックとなっている。なぜマウイなのか?音楽的にハワイアン要素があるか?というと、やはりあるように聴こえるね。チューニングの異なる各種ギター類楽器をジェリーは演奏して重ねてあるが、そのアンサンブルにはハワイのスラック・キー・ギター音楽のあの独自の色彩感があると思うんだ。
ハワイアン・ギター・クリスマスの次の、アルバム『ジェリー・クリスマス』の終幕は、3/4拍子にアレンジした「ベツレヘムの美しい星」。クリスマス・ソングだけど、ジェリーのこのアルバムのなかでは唯一ダンサブルなフィーリングに仕上がっていて、とてもいい。キリスト教の関連があるのかないのか、ヨーロッパのフォーク・ダンスっぽいワルツに解釈してある。しんみりとおだやかに、でも陽気に楽しく、クリスマスのお祝いをしましょう。
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