アメリカ、君に夢中さ 〜 カエターノ『粋な男ライヴ』
昨日書いたオリジナリウスのカルメン・ミランダ集には、そこはかとなくカエターノ・ヴェローゾ香があるというのがぼくの感覚なんだけど、そんなわけで聴きかえしたカエターノの CD『粋な男ライヴ』(Fina Estampa Ao Vivo、1995)。「サンバとタンゴ」つながりってだけ?う〜ん、それだけじゃない気がする。このなんとなく漂う共通性については、しかし掘り下げず、カエターノのこのライヴ盤について、せっかく思い出したんだから、ちょっとメモしておこう。汎ラテン・アメリカン・ソング・ブックとでもいった意匠や規模のことは、よくわからないのだが。
カルメン・ミランダの「サンバとタンゴ」で幕開けするのは、このライヴが、スタジオ作『粋な男』で示したスペイン語歌曲集でのラテン・アメリカ性よりもずっと先をカエターノが見据えているという証拠だ。カルメンのオリジナル・ヴァージョンのようにサビでタンゴになってはいないが、ラテン諸国の蜜月時代を歌い込んだものと言えるはず。すくなくともぼくはそう聴く。つまり、『粋な男ライヴ』ではスペイン語アメリカだけでもポルトガル語アメリカだけでもない、汎(ラテン・)アメリカ音楽のひろがりと同一性を示そうとしている。
それはここでの「サンバとタンゴ」のリズムにも顕著に示されている。サビでタンゴ・リズムにならずサンバのままではあるけれど、ほぼカエターノとパンデイロだけというに近い前半部に続き中盤のチェロ・ピチカート・ソロ(ジャキス・モレレンバウム)をはさんでの後半部では、スルドが大きく入って、ゆったりと低音を置いている。しかし同時にパンデイロとカエターノのギターは細かく刻んでいるから、大細二種の混交ポリリズムでグルーヴが生まれているんだ。
こういった種類のグルーヴ・タイプは、前々から書くようにアフロ・クレオール音楽にある典型なんだよね。ラテン・アメリカだけでなく、アメリカ合衆国の黒人音楽でも聴けるもの。カエターノの『粋な男ライヴ』では、2曲目以後、スペイン語曲とポルトガル語曲の双方を縦横に行き来しながら、こんな汎アメリカン・ミュージック・グルーヴを描き出してくれている。
2「ラメント・ボリンカーノ」、3「粋な男」、4「ククルクク・パロマ」は、スタジオ作『粋な男』のライヴお披露目といったところか。しかし次の5曲目にジルベルト・ジルと組んでやった「ハイチ」(『トロピカリア 2』)が来る意味は大きい。尖ったリリックも意味が強いが、現代アフロ・ブラジル音楽的なノリ、リズムの創りに注目したい。全体が鋭利なナイフのように輝いている。
ギター弾き語り(を中心とする)セクションはカエターノのライヴ・コンサートでは定番なので、6〜8曲目はちょっとのチェンジ・オヴ・ペースといったところか。しかしとりあげられているのはブラジル古典曲ばかりなのがふだんと異なっている。やはりブラジル〜ラテン・アメリカ〜南中北アメリカ(〜アフリカ)を俯瞰したいという主役の気持ちを感じるものだ。
9曲目、ジョアン・ジルベルトの「ヴォセ・エステヴィ・コン・メウ・ベン?」で陽光が差す。ジャキス・モレレンバウム編曲指揮の管楽がやわらかくイントロを奏でたあと、カエターノひとりの弾き語りが出た瞬間の快感と和みはなにものにも代えがたいチャームだ。弾き語りそのものはジョアン直系のボサ・ノーヴァ。伴奏の管弦アレンジはアントニオ・カルロス・ジョビンを想起させるもの。
その後、タンゴやボレーロやキューバン・ソングなどを経て、やはりキューバ人、セサール・ポルティージョ・デ・ラ・ルス作の14曲目「コンティーゴ・エン・ラ・ディスタンシア」でオーケストラ・サウンドの幕がおりた刹那に涙腺が刺激され、それを背後にするカエターノのヴォーカルで目から水がホロっと一滴こぼれ、コード・チェンジでまた泣く。
バイーアのことをカエターノが綴った美しい15「イタプアン」を経ての16曲目「ソイ・ロコ・ポル・ティ、アメリカ」。これはジルとカピナンの手になるサルサ・ナンバーで、それをカエターノがここでこうやって歌うというのは、南中北総体としてのアメリカ(音楽)全体を視野に入れつつ、直接的にはラテン・アメリカ世界の同胞意識を歌い込んだものと言っていいはず。しかも、ここでのリズムを聴いてほしい。サルサといいながら、アフロ・バイーア的、さらに言えばタメの深いこのグルーヴはアフリカ音楽的ではないだろうか。
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