メロウ・ステフォン・ハリス 〜『ソニック・クリード』
このアルバム、ぼくのこの記事への bunboni さんのコメントで教えていただきました。まさにぼく好み。
ジャズ・ヴァイビスト、ステフォン・ハリスは、メロウ R&B みたいなのが最大の持ち味なんだろうか。今回はじめて聴くので、そのへんはつかみきれないけれど、ステフォン・ハリス+ブラックアウト『ソニック・クリード』(2018)で聴くかぎりでは、極上のメロウネスをふりまいていて、それがなんともいえず心地いい。だから、ホレス・シルヴァーきっかけで教えていただけたとはいえ、ぼくにとってのステフォンとは甘さのひと。メロウ R&B みたいなジャズのヴァイビストって感じ。
アルバム『ソニック・クリード』にあるメロウ・サウンドは四曲。どれもすばらしい。そしてすんごく心地いい。3「レッツ・テイク・ア・トリップ・トゥ・ザ・スカイ」、7「スロー・イット・アウェイ」、8「ナウ」。9「ゴーン・トゥー・スーン」。3と8には女性ヴォーカリスト、ジーン・ベイラーが参加。それもまたたまらない甘美さだし、全体のサウンドの組み立ても見事にスウィート。
ステフォン・ハリスのメロウさは、こういった曲群に限った話じゃなく、ビートが強くテンポも速いものでもきわだっている。くだんのホレス・シルヴァー「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」なんかでも、ノリよく、しかも曲内での複雑なリズムの変化をなんなく自在にこなしながら、しかし同時にハードすぎず乾かない。わりとしっかりした湿り気があるよね。サウンド全体に甘いシュガー粉をふりかけたようなというか、そんな幕が間違いなく垂れ込めている。特にケイシー・ベンジャミンのアルト・サックス・ソロ部でそれが顕著だ。
ステフォン・ハリスのヴァイブラフォン演奏にもスウィートさ、メロウさがあって、こんな弾きかたはジャズ演奏家のものでもないような気がしてしまう…、のはぼくの感覚が古くさいせいだね、きっと。マリンバを叩いている曲や、あるいはヴァイブでもモーターの回転を抑えてヴィブラートを控えている曲もあるけれど、それでも感じるステフォンのメロウ体質。
ハードで硬い曲でモーターを回さないものですらそうなんだから、上で触れた四曲、3、7、8、9ではも〜うモーターぐいんぐいん回しまくり、ホントすばらしくやわらかいヴァイブをもたらしている。ステフォン・ハリスは自身のヴァイブ演奏だけでなく、サウンド全体の組み立ての隅の隅まで細やかに気を配り、ていねいにていねいに、やさしくやさしく、まるで愛する女性を愛撫するかのごときデリケート・タッチで、やっているんだよね。うん、そういった行為の BGM としてもよく似合いそう。大好き。
3曲目「レッツ・テイク・ア・トリップ・トゥ・ザ・スカイ」出だしでは、いきなりモーターの回転全開で、グワングワンとヴィブラートを思い切り効かせたエコーまみれのヴァイブ・サウンドで幕開け。このイントロ部だけでもうこの音楽がなんなのか、理解できようというもの。こんな甘美さは、アルバム終盤のスーパー・メロウ・セクションである7〜9曲目で一層きわだっている。
モーターを回してヴィブラート効かせすぎなんじゃないかとすら思う瞬間すらあるメロウなステフォン・ハリスだけど、アビー・リンカーンの7「スロー・イット・アウェイ」も、ボビー・ハッチャースンの8「ナウ」も極上。でも、このアルバムで最も大きな感動を得たのは、ラストのマイケル・ジャクスン・ナンバー、9「ゴーン・トゥー・スーン」だ。これはヴァイブとマリンバの、ステフォンひとりデュオ多重録音作品。
「ゴーン・トゥー・スーン」は、メロウというのとはちょっと違う雰囲気かもだけど、このあまりにも切ない一曲をステフォンひとりでの多重録音デュオで、この上ない美しさに仕立て上げているじゃないか。マリンバが伴奏でヴァイブが主旋律を弾く。このひとりデュオ演奏を聴いていると、ぼくなんか、やっぱりたまらない気持ちになって、きわまってしまうなあ。泣いちゃいそう。名演ですね。
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