ンビーラとは楽器であり音楽であり、生きかたである 〜 ステーラ・チウェーシェの初期シングル集
現在ドイツで活動しているジンバブウェの女性ンビーラ奏者&歌手ステーラ・チウェーシェ。彼女の1974〜83年の7インチ・レコード音源八曲(でぜんぶではないんだろう)を、ドイツのグリッタービート・レーベルが CD リイシューしてくれたのが昨2018年にリリースされた『カサーワ:アーリー・シングルズ』。オフィス・サンビーニャ盤をぼくは買った。収録の音源は、いままでまったくリイシューされたことがなかったはずだ。
整理しておくと、CD アルバム『カサーワ:アーリー・シングルズ』収録の音源はぜんぶで8トラックだけど、それのもとになった7インチ・シングルでは9トラック8曲。CD6トラック目の「マヤヤ」がパート1と2のシングル・レコードでは両面だったものを一個にしたものだから。CD で1曲目の「不可能なこと」(Ratidzo)だけはどこのレーベルのものか不明だが、そのほかは二つのローカル・レーベル Shungu と Zimbabwe から発売されたものがオリジナル。
ンビーラ(親指ピアノの名称でありかつ音楽のジャンル名でもあり)のこともステーラ・チウェーシェのこともそこそこ知られていると思うので、そのあたりの紹介はいっさい省略する。それでもしかし、彼女のジンバブウェ時代のこんなキャリア初期シングル集がまとめられ、国外というか世界的マーケットで販売されるのは、もちろん初の事態だろう。うれしかったなあ。大歓迎。
『カサーワ:アーリー・シングルズ』では、1曲目「不可能なこと」でだけ、左右のチャンネルに一台づつ、計二台のンビーラが聴こえる(ように思うのだが)。インストルメンタル・ナンバーであるこれ、もし二名の合奏だったとしたらステーラのほかはだれなのか、ぼくにはまったくわからない。マラカスのようなパーカッション・サウンドも聴こえる。
マラカスのようなシャカシャカっていう音の打楽器はホショと呼ぶらしい。アルバム2曲目以後は、すべてステーラひとりのンビーラ弾き語り+ホショという編成。ショナ人であるステーラのンビーラ演奏は、例によってミニマル・ミュージック的に同一パターンを延々と反復しながらちょっとづつズラしているが、そのパターンを取りだしてみると、かなり複雑なリズムを表現しているばあいがある。
裏拍を強調しながら進んだり、ポリリズミックになったりしながら、あたかも二個以上のフラグメンツをすこしずらして合体させ同時進行させているような、そんな難度の高いフレーズというかパターンを延々と反復することで、ぼくたち聴き手は陶酔し、徐々に酔い、日常とは異なる地平に連れていかれるかのような、そんな音楽だね、ステーラのンビーラ。
しかしステーラ本人にとってのンビーラ演奏は、まったきリアルな人生そのものだった。グリッタービート盤の英文解説によれば、10代のころはエルヴィス・プレスリーほかアメリカのロックンローラーたちに夢中だったらしいが、ンビーラの伝統継承者となろうと決心したら、今度は大きな壁が待ち受けていたようだ。そもそも女性がンビーラを演奏することは許されていなかったとのことなので。
だから、だれもステーラにンビーラ演奏の手ほどきもしないばかりか、そもそも楽器を手に入れることすら困難だったとのこと。デビュー・シングルである「ネマムササ/カサーワ」は、人から借りたンビーラで演奏したらしい。演奏法や歌唱なども、独学で苦労しながら身につけたものだったかもしれない。
ンビーラを弾きながらステーラが歌うその声には、そんな困難を経て、まあ言ってみればジンバブウェ内でも "レベル" 的な生きかたをしながら、それを経て獲得したのであろうパワフルさがみなぎっている。オフィス・サンビーニャ盤の日本語解説ではヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの声が引き合いに出されていて、それはちょっと言いすぎでは?と思わないでもないが、ジンバブウェでのデビュー期のステーラの音楽に、苦闘と表裏一体の鋭強さを聴きとることは、どなたにとっても容易なはず。
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