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2019/01/30

サッチモ泰然自若 〜『プレイズ W. C. ハンディ』

Spotify にあるのだとこういうジャケット・デザインだけど、ぼくにとってはルイ・アームストロングのこの『プレイズ W. C. ハンディ』は断然こっちの上掲ジャケなのだ。そのむかし、この三角形に切り込みの入ったジャケットのアナログ・レコードを繰り返し聴いたんだからさ〜。

『プレイズ W. C. ハンディ』は、Spotify ので見るその同じジャケットで、CD 二枚組の「コンプリート・エディション」というのがリリースされていて、もとのオリジナル・レコードが全11曲だったのに対し、プラス19トラックを追加して、さらに詳細な英文解説が附属している。解説文にはずいぶん助けてもらうけれど、音の追加分は考慮に入れなくていいと思う。

さて、1928年を最後にレギュラー・コンボを解散し、その後しばらくはオーケストラを率いて活動することの多かったサッチモ。レナード・フェザーらの熱心な働きかけもあって、ふたたびスモール・コンボを正式に再組織したのが1947年夏(その前年から臨時に同様の活動をしていた)。六人編成のオール・スターズで、サッチモ、ジャック・ティガーデン、バーニー・ビガード、ディック・キャリー(p)、アーヴェル・ショウ(b)、シドニー・カトレット。

この第二次世界大戦後初のレギュラー・コンボの活動内容がすばらしく、評価も高かったので、なんとかそれをレコードに残したいと考えたコロンビアのジョージ・アヴァキャンが、当時デッカ所属だったサッチモの、このコンボをボスごと借り受けて1954年に制作したのが『プレイズ W. C. ハンディ』だ。しかしバンド・メンバーには若干の違いもある。『プレイズ W. C. ハンディ』では、トロンボーンにトラミー・ヤング、ピアノでビリー・カイル、ドラムスでバレット・ディームズ。さらにゲストの女性歌手ヴェルマ・ミドルトンがいる。

サッチモの『プレイズ W. C. ハンディ』は、日本でもレコード発売時から評価が高く、たぶんいまでも戦後のサッチモのストレート・ジャズ作品では最高傑作ということになっているものだ。(ポップスなどと切り離し)ストレート・ジャズと限定することが、はたしてサッチモのような音楽家の見方としてふさわしいのかどうかは言いたいことがかなりたくさんあるけれど、今日はいったんそれをおいて、たしかに内容は極上である『プレイズ W. C. ハンディ』のことをちょちょっとメモしておこう。

W. C. ハンディ曲集だから、1920年代以後、都会派女性ヴォードヴィル系ジャズ・ブルーズ歌手たちもたくさん歌ってきたレパートリーが『プレイズ W. C. ハンディ』にも含まれている。サッチモはその当時そんな歌手たちの伴奏を務めたばあいがある。たとえばここにも1曲目にある「セント・ルイス・ブルーズ」はベシー・スミスが歌ったものの伴奏にサッチモがついた。サッチモ自身も自分のビッグ・バンドを率い1929年にオーケーに録音したのがレコード発売され CD 復刻もされている。

『プレイズ W. C. ハンディ』の「セント・ルイス・ブルーズ」も、かの印象的なアバネーラ・リズムが活用され、しかもヴェルマ・ミドルトンがかなりの部分を受け持ってフィーチャーされ、ソロまわしもほぼ全員に割りふられている。幕開けに置いたこれがこのアルバムの目玉、売りであるとしたコロンビアの目論見がはっきりと出ているよね。

かなりいいなとぼくも思うものの、ここでの「セント・ルイス・ブルーズ」は、やや大上段に構えすぎたように感じているのも事実。ちょっと大げさじゃないだろうか。演奏時間もアルバム最長の八分超え。ちょっとやりすぎかもなあ。むかし大学生のころからそう感じていて、率直に告白すると、ちょっぴりだけ息苦しさをおぼえないでもない。

ぼくの好きな『プレイズ W. C. ハンディ』は、2曲目以後。ビリー・カイルのピアノが軽いタッチとフレーズで弾きはじめる「イエロー・ドッグ・ブルーズ」からして、とってもいいなあ、快感だなあと、これは間違いないフィーリングだ。心なしかサッチモのヴォーカルもトランペットも、軽快でふんわりソフトだ。重くない。これはサッチモのようなトランペッターについては意外に思われることかもしれないが、すくなくとも『プレイズ W. C. ハンディ』2曲目以後ではサウンドに軽妙さが聴ける。バンド全員の出す音もそう。ここが、好き。

サイド・メンのなかではトラミー・ヤングがいちばんたくさんソロを吹いていて、ぼくの大好きなバーニー・ビガードは二番目。バーニーのクラリネットをもっと聴きたかったかもしれないが、しかしソロは多くなくてもオブリガートなどをたくさんつけているから不満足感はない。サッチモのヴォーカルへのからみかたなども、うまあじだ。

また、ピアノのビリー・カイル。このひとは、ある意味この『プレイズ W. C. ハンディ』バンドの肝だね。イントロを弾いて雰囲気をつくったりするだけじゃない、曲中でもそのフレーズでバンド全体のリズムを動かしているように聴く。もともとニュー・オーリンズのジャズでは、バンドはバンド、ピアノは単独で、という水と油だったが、サッチモ自身、シカゴ時代にバンドにピアノが入る有用性を学んだ。クラシカルなニュー・オーリンズ・ジャズでも、ある時期以後はピアニストが参加するばあいもある。

曲によっては、ブルーズ・ソングだからなのか、特に終盤部の盛り上がるところで8ビートっぽいシャッフルになっているのもおもしろい。ストレートな伝統派ジャズ・リスナーのみなさんには受け入れがたい意見かもしれないが、リズム&ブルーズやロックに似た8ビートは、ふつうのジャズのなかにもどんどんあって、そこだけでもって音楽の区別をすることなど不可能だ。

それから、これは大学生のころからアルバム『プレイズ W. C. ハンディ』の2曲目以後に強く感じているチャームなんだけど、うまくことばにできないこの雰囲気、こう、なんと言ったらいいのか、晴れた日に川の土手にすっくと立って対岸を泰然自若としてジッと眺めているような、こんな表現で伝わりますかどうか、とにかくそんなフィーリングがあって、ぼくにだけかな?わからないが、そんなところ、本当に大好きだ。

サッチモのほかの作品やほかのジャズだけじゃない音楽作品にあまり感じないこのサッパリした空気感。『プレイズ W. C. ハンディ』の最大の聴きどころがぼくにとってはこれで、大学生のころからいちばん好きだと感じ続け、いま2019年現在でもそれが変わっていない。これって、どういうことなんだろう?ほかのみなさんは感じないものなのだろうか?

特にサッチモのヴォーカルとビリー・カイルのピアノに、強くこれを感じとっている。なんなんだろう?

このサッチモとバンドのスタンスは、6曲目の「メンフィス・ブルーズ」にも強くあるし、7曲目「ビール・ストリート・ブルーズ」の歌や、10曲目「ヘジテイティング・ブルーズ」のトランペット演奏パートと歌、幕閉め11曲目「アトランタ・ブルーズ」なんか一曲全体を通しこの爽快感があると思うんだけどね。ビリー・カイルのピアノ・ソロ部も気持ちいいし、その後のサッチモひとり多重録音パートにも漂っているこの自若さはなんだろう?聴いていて、気分いいことこの上なし。

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